My Articles

その2 業務改善の視点

隔週刊「医療経営最前線 経営実践扁」(産労総合研究所) VOL.277・2003年5月20日号
連載:恵寿総合病院のIT戦略


医療の質と業務改善は別のもの?

 医療消費者である患者、マスコミ、あるいは行政から、日本の病院に医療の質を向上させる外圧が強まっている。それとは裏腹に、病院経営の視点から見た業務改善を求める努力については、経済界から最近ようやく株式会社の医療参入論議に付随して「病院経営の効率化」を求める動きが出てきたにすぎない。業務改善は各病院の事情のもと、外圧が少ない中で自助努力によって行っていることが多いように思われる。
 そもそも医療の質とは、何をもって質が高いとするのかという定義はないように思う。医療の質は、@患者の希望に応えることなのか、A患者が納得して医療を受けることなのか、B診療・看護のプロセス・アウトカムがいいことなのか、C安全性が確保されていることなのか、D医療情報の透明性が確保されていることなのか、E立派なアメニティーなのかF利便性なのか、はたまたG受診する病院の経営が安定していること(継続性が保たれていること)なのか・・・。
 このように質を求める立場やタイミングによって、医療の質の目指すものは異なっていると思われる。しかし、医療の大部分がフェイス・トォ・フェイス、すなわち人が人にサービスを提供する業態であることを確認したい。医療費削減政策のもとで余剰人員を抱えることが困難である以上、先に挙げたすべての質を同時に求めていくことは現行では不可能に近いことであると思われる。
 そこで、患者を中心にしてそれにかかわる業務を見直していくことによって、フェイス・トォ・フェイスのサービスを提供する時間的、精神的余裕が生まれてくるものと考えられる。すなわち、医療の質の向上と業務改善は表裏一体のものと考えるべきであろう。そして、業務を改善していくためには、道具としてのITの利用は必須であると考えねばならないだろう。

業務改善の考え方

 業務改善を行っていくための指標として、次の3点を提案したい。

  セルフアセスメント
  ベンチマーキング
  ミッションコア

  1. セルフアセスメント(自己評価)

     まず、自らの業務を評価することが基本となろう。医療提供の手順を表出化し、それぞれの手順をフローチャート化することが重要となる。それによって、業務改善の種は生まれ、さらにIT化への流れをつくることができるに違いない。

  2. ベンチマーキング(比較検討)

     多くの医療機関では、その創設時には手本とするべき業務の流れがあったに違いない。しかし、時代の流れとその後に遭遇した新規業務の出現によって、その業務の流れは少しずつ進化(?)していくことになったことであろう。そして、それはいつのまにかそれぞれの医療機関独自のものとなってきた歴史があるに違いない。その中で、伝票類の氾濫やそれに伴う転記作業の増大など数多くの歴史的構築物が多数発見されることとなろう。
     ここで、改めて他の医療機関における業務の流れを自院と比較検討することで、業務の無駄が明らかになると思われる。さらに、対医療機関ではなく、他の業種の業務の流れを比較検討していくことがきわめて重要であると考える。すなわち、この日本経済の不況下でも業績を伸ばしている業種である。それは、重厚長大産業ではなく流通を主としたサービス業であろう。コンビニエンスストア、勝ち組となったマーケットチェーン、さらには宅配便業者であろう。いづれも、モノの管理や顧客管理を徹底的にIT化させた業態ともいえよう。

  3. ミッションコア(本来業務)

     本来業務は何かを再確認する必要がある。本来業務から離れたものは業務を見直し、または他の業種やITに委ねていく必要があろう。たとえば、看護師の本来業務とは何か・・・患者の看護をすることは当然、本来業務である。しかし、病棟の材料や薬剤の在庫を数え、発注するという管理業務は本来業務に相当するかということになる。ならば、本来業務以外の部分を業務改善として他職種への移管やIT化を図れば、冒頭に述べた医療の質のある部分は向上するに違いない。

恵寿総合病院における業務改善事例

 前号でIT化の順序として、IT化の原資を生み出すためにモノの管理から行うことが重要であると述べた。しかし、正直いって、それは結果論である。これからIT化にゼロから取り組む医療機関に対しての提言であると受け取っていただきたい。当院にとって、はじめは業務改善が目的であり、その道具としてITを利用し、結果的に現在のような電子カルテを含めたフルIT化への流れが必然として生まれてきたということになろう。
 業務改善事例は、すでに本誌において2000年から2001年にかけて11回にわたり連載した(連載:病院経営から見た業務改善事例)。その中で、IT化という視点により改めて代表的なものの一部をレビューし、またそれ以降のものを加筆する。

  1. 診療材料のSPD( Supply Processing Distribution )導入 平成6年12月〜

     当院において、それまでの業務のIT利用としては、レセプト処理と経営管理を主目的にしたオフィスコンピュータ〜ワークステーションを使用していた。この事業は、はじめて業務の中にパーソナルコンピュータを導入した事例となった。
     流通業者により使用量にあわせて部署ごとに診療材料を小分けにパッキングし、そのおのおのにバーコードカードを添付して、業者の手で各部署に納品される。バーコードカードを取り出した時点で病院の支払いが発生する。そして、バーコードカードはそのまま発注書となり、さらに医事請求にも利用するというものであった。
     これにより、看護師から在庫管理業務を開放した。さらに、業務削減効果、在庫削減効果、材料費削減効果を合わせて、導入から4年4ヶ月後の監査法人の公認会計士が算出した導入効果は約3億7千万円となった。また、当院が第1号病院として取り組んで以来、この流通業者の取り扱い病院数は平成15年4月現在73病院、約3万床となり、数多くの共同購入プロジェクトも実を結んでいる。

  2. 臨床検査システムの導入 平成7年5月〜

     細菌検査を除いてそれまで院内で行っていた全検査の見直しをおこなった。単純に1時間以内でできる検体検査を徹底的に院内で行い、検査部門のLAN化を行った。これに対して、1時間以上かかってしまう検査はすべて1社に外注化し、外注検査会社からネットワークを通じてデータを検査サーバーに自動的に送り込ませる仕組みとした。
     これにより、各診療科外来や各病棟に1台ずつ配置した診療端末の上では両者のデータは同じ時系列上に並び、スピードも院内で行っていた検査と遜色なく閲覧できた。また、検査技師業務の見直しは、人がかかわる生理機能検査のキャパシティーの増大を招いた。導入効果はSPDと同様の算出によると、4年11ヶ月で約3億円となった。

  3. 薬剤管理システムの導入 平成7年10月〜

     取引卸を1社化し、診療材料のSPDと同じようにバーコードによって薬品を管理した。取引卸1社化は薬剤師に在庫管理業務からの大幅な業務削減を生み出した。また発注業務の簡素化により、同様に薬剤師や用度課職員の業務を削減した。
     これにより、3年6ヶ月で約2億円の導入効果となった。

  4. エネルギー供給の見直し 平成9年6月〜

     IT化とアメニティーの向上、新規医療機器や患者監視装置の増設は電力消費量の増大を招いた。設置が義務付けられている非常用自家発電装置の容量の相対的な低下も問題となった。そこで、ディーゼル発電装置による800KWのコジェネレーション常用発電設備を導入した。これにより電力は、電力会社からの買電(夜間と非常時のみ)、常用自家発電、非常用自家発電と3系統となった。危機管理体制の強化とともに自家発電による経費削減効果と廃熱を利用した給湯により年間約2千万円の導入効果を生んだ。
     さらに、平成14年4月から感染性医療廃棄物の処理の効率化を図るため、院内に感染性医療廃棄物油化装置を設置した。これは、感染性廃棄物を熱分解し、産業廃棄物と重油に分離するもので、本邦初の導入事例となった。これによる廃棄物処理コストは25%削減され、重油の自家発電への再利用も図れることとなった。

業務改善による原資の確保

 今回は業務改善の視点からのIT化、特に初期の段階では様々なものにバーコードを添付することによって、コンピュータによるバーコード管理からモノを管理し、業務を削減してきた事例を提示した。同時にそれは、病院経営上においても多くの導入効果を生み、さらなる質の向上への原資を確保したといっていいと思われる。
 ただ、今回の事例は業務改善が直接経営上のメリットとして享受できたものであるが、同時にこれら取り組みを導入するうえで生まれてきた業務手順の見直しは、その後の本格的なIT導入に向けての資産となったことも忘れてはならない。


My Articles 目次に戻る