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その3 ナレッジ・マネジメントの視点

隔週刊「医療経営最前線 経営実践扁」(産労総合研究所) VOL.279・2003年6月20日号
連載:恵寿総合病院のIT戦略


 4月30日、厚生労働省の医療制度改革推進本部・医療提供体制に関する検討チームから医療提供体制の改革のビジョン案が報告された。これは、(1)患者の視点の尊重、(2) 質が高く効率的な医療の提供、(3)医療の基盤整備の3点を中心にして将来ビジョンが提言されたものであった。(2)は本題とは離れるため、あえてコメントは避けるが、(1)の中では「医療に関する情報提供の推進」が、(3)の中では「医療分野における情報化の推進」が強く打ち出されているのである。
 私たちは、「情報」を提供し、「情報」を共有しなければならないという観念にとらわれる。しかし、私たちが提供し、共有しなければならないものは「情報 Information」だけなのか「知識 Knowledge」もなのかを知る必要があるように思う。Oxford現代英英辞典によるとKnowledgeとは、「 The information, understanding and skills that you gain through education or experience 」であるという。これは、情報は五感を通して得ることができるものであり、それを教育や経験をとおして自分のものとすることによって「知識 Knowledge」とすることができるものと理解できる。すなわち、知識は情報の上位概念と考えていいものと思われる。

情報共有とナレッジ・マネジメント

 ITは文字通り情報技術である。情報を提供・共有することはITを用いることで十分可能である。しかし、情報を提供し、共有しても、その情報を有効に利用すること、すなわち医療の場合には患者の利益とならなければ、単なる自己満足に過ぎないものと考える。そこで、利用する者が情報を知識として自身のものとしていく仕組みが必要であると考えた。
 1998年の秋、ふとある月刊一般誌の記事に目がいった。ナレッジ・マネジメントとの出会いである。そこでは、著書「 Knowledge Creating Company 」(1996、邦題「知識創造企業」)で欧米を風靡した野中郁次郎教授が紹介されていた。氏の考えこそが、情報を知識として個人、組織の中で本当のものにする大きな道具であるように思えたのである。

知識は減らない

 経営資源として「ヒト、モノ、カネ」という考え方がある。これに加えて「知識」というものがこれからの資源であると理解したい。しかも、一般的に資源は使えば減っていくものであるが、知識は使えば使うほど増えていくものであると考えたい。ならば、最高の経営資源となるはずである。

ナレッジ・マネジメントということ

 まず、知識には暗黙知と形式知があることを理解したい。暗黙知は、主観的な知(個人知)、経験知など文字や数字に表していない知であり、形式知は、客観的な知(組織知)、理性知など、教科書やマニュアルなどで学び得る知である。
 ナレッジ・マネジメントの本質は知識創造のプロセスを明確にしていくことにあるようだ。すなわち、知識変換は次の4つのモード、各モードの頭文字をとったSECIプロセスにあり、このプロセスがらせん状に回転しながら上昇していくことによって個人の、そして組織の知が創造されていくものとなるという(図1)。

  1. 共同化( Socializaition )
     個人は同じ時間と空間の中でリアルな体験をすることによってスキルを共有したり、他人の立場に立つことでその状況をどうみているかを共感したりする。弟子が匠の技ばかりではなく、コツ、勘などを盗んでいくプロセスやOJT( On the Job Training )のプロセスになる。
  2. 表出化( Externalization )
     お互いに共感された暗黙知を、対話や思慮によってグループの知識として統合され、明示していくことで形式知化する。業務内容を話し合い、マニュアル化していくことなどのプロセスになる。
  3. 連結化( Combination )
     表出化によって創り出された新しい形式知同士や、新しい形式知と既存の形式知を連結することによって新しい知識とする。複数の部署が話し合い、院内統一マニュアルを作っていくプロセスになる。
  4. 内面化( Internalization )
     形式知を実践することによって、新たな暗黙知を獲得していくプロセスになる。マニュアルを実践する経験を積んでいくうちに自分のものとして確立し、さらに新しい意味を学ぶことになるプロセスとなる。
 以上のようなSECIプロセスは、「思い(共同化)を言葉に(表出化)、言葉を形に(連結化)、そして形をノウハウに(内面化)」というフレーズで表現することができるのである。

ナレッジ・マネジメントの場

 さて、本当に知識は管理( Management )できるのか?確実に管理できるのは、知識を創り出して、共有する環境(場)を提供することであると考える。それは、会議や委員会の設定であり、非公式なワイワイガヤガヤの場であり、ITというサーバースペースであると考える。すなわち、先のSECIプロセスを回転させ、らせん状に上昇させていくための場の設定が重要な要素となる。
 そこで、病院における場として会議や委員会、さらには各種の発表会があり、多くの病院で従来からこれらを活用してきた。また、次号以降において詳述するがクリニカルパスの作成過程は、まさに専門医のノウハウを表出化するプロセスとなり、関連職種が協議を重ねることによって知識の連結化を図るものとなる。さらに、新たな知識創造の場としてITというニューフロンティアに進出することは、知識創造の新たな道具を得ることになるものと考える。

当院におけるIT上の場の一部

  1. グループウェアの活用
     1997年1月のオーダリングシステム導入と同時に文書管理サーバーを設定し、グループウェアとして汎用ソフトウェアであるMicrosoft Outlook(R)を利用した。同ソフトに各端末毎に設定した院内メールアドレスによるメール機能とともに、文書の共有化機能を担わせた。
     文書サーバーとして、法人本部〜各施設毎にフォルダーを作製し、その下位に各部署フォルダーに加えて会議・委員会フォルダーを設定し、規定、毎回の議事録、配布文書、マニュアル類などを収納した。図2に医療安全対策委員会フォルダーと院内感染対策委員会フォルダーの実例を示す。ここには、その他にも過去のQC発表会のプレゼンテーション資料、掲示物や配布文書資料など院内で配布閲覧されるあらゆる資料を保管している。さらに、すべての伝票類も収納されており、各部署にはあらかじめ印刷された伝票はなく、必要時に文書サーバーから伝票を印刷するものとした。
     このように、文書サーバーにすべての文書を登録することによって、自分の所属する以外の部署の内部文書や会議や委員会資料・議事録を縦横に閲覧することができるばかりではなく、検索することも可能な場を設定することになった。
  2. 院内ホームページの活用
     院外へ発信する病院ホームページ( http://www.keiju.co.jp )とは別に、院内専用のホームページを作製し、院内LAN( Local Area Netwark )上ならびに施設間WAN( Wide Area Netwark )上で公開している(図3)。ここでは、院内報の役割としての掲示板をはじめ、救急プロトコール、毒物情報マニュアル、当直医マニュアル、検死マニュアルなど、WEBページを利用してこそのリンク機能やビジュアルに訴える情報を掲載し、医療の質の担保の一つとしている。
  3. 電子カルテ
     診療情報を格納する電子カルテも当然、医療における究極のナレッジ・マネジメントの場となる。2002年5月から導入した当院の電子カルテシステムに関しては、次号以降で詳述したい。電子カルテでは、今までの紙カルテのような医師経過録の部分、看護記録の部分、リハビリ記録の部分などというような分類は不要で、各職種が時間順に同じフィールドに記録を重ねていくことになる。これは、お互いの職種や同僚間で絶えず記録内容が見られていることに他ならない。すなわち、ピアレビューと監査に向いていることとなり、また検索機能により自分に必要なカルテ種のみを抽出できるものである。さらに、コンピュータさえあれば、院内のどこにいても診療情報を閲覧できるということになり、ナレッジの連結のためのフェイス・トォ・フェイスの場をどこでも設定できることとなるのである。

誰が場を設定するか

 場の設定こそ、ナレッジ・リーダーシップを発揮する管理者の役割であると思う。場を設定することなく、いくら声高にナレッジ・マネジメントを唱えたところで、知識資産は増えるものではないと考える。先に述べたようにITという新たな場を設定するスペースが目の前に現れたことは、われわれにとって幸運な時期であるように思えてならない。

参考図書の紹介
1)野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳:知識創造企業、東洋経済新報社、1996
2)梅本勝博、神野正博、森脇 要、鎌田 剛著:医療福祉のナレッジ・マネジメント、日総研、2003


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