序〜臨床指標を中心に〜 | 武藤正樹 |
DPCの導入で特定機能病院はどう変化したか | 川渕孝一 |
DPC時代における病院管理 | 古城資久 |
クリニカルガバナンス | 吉長成恭 |
バランスト・スコアカード | 高橋淑郎 |
ベンチマーク | 真野俊樹 |
医療ISO | 飯塚悦功 |
総合的質経営(TQM)と医療の質向上活動(MQI) | 飯田修平 |
DPC時代の顧客満足 | 高柳和江 |
病院のナレッジ・マネジメント | 神野正博 |
医療ほど各専門職が経験に基づいた暗黙知のもとで、業務を遂行している業種はないかもしれない。しかし、今求められている「医療の質」は、「診療の質」とともに、組織としての「運営の質」であると思われる。今だからこそ、病院という組織体の中で、暗黙知を形式化した知として活用していくためのナレッジ・マネジメントの考え方が重要性を帯びてくるに違いない。そして、管理者は組織の知がらせん状に増大していくための「場」の設定に腐心しなければならないだろう。 |
医療に質を求められているのは制度がいかなる状況になろうが変わるものではない。しかし、国の財政難に端を発する医療制度の改革は、効率という名のもとで大きな変化を迎えようとしているのである。そこでは、医療費そのものは削減されていくにも係わらず、患者の自己負担は皆保険制度上も非保険部分でも増加していく。したがって、患者は費用負担に見合う価値観として医療への要求をますます大きくしていくに違いない。われわれ医療側はこの「低コストで高い質の医療」といった難題に立ち向かって行かなければならないのである。
そのような状況下では、本特集に示される臨床指標を駆使して病院の管理・経営に当たっていかなければならないだろう。一般的に経営の要素としてあげられる「ヒト、モノ、カネ」に加えて、最近では「情報」が大きな要素としてあげられている。情報を収集し、それを利用していくことは、マスへの対応から「個」別な対応を生み出し、大きな収益に貢献するビジネスの場を提供してくれるに違いないからである。そして、近年のコンピュータによるITの進展は、この情報に対する管理に大きく貢献していくことになったのである。
コンピュータはあくまでもデータを処理する道具であり、データが何らかの意味を持つ情報になり、さらに個人や組織の知識となり、新しい知恵を創造していく過程を補助していくものにすぎないという認識に立たねばならないだろう。
特に医療分野でわれわれは、「情報」を提供し、「情報」を共有しなければならないという観念にとらわれている。しかし、われわれが提供し、共有しなければならないものは「情報 Information」だけなのか「知識 Knowledge」もなのかを知る必要があるように思う。
Oxford現代英英辞典によるとKnowledgeとは、「 The information, understanding and skills that you gain through education or experience 」であるという。これは、情報は五感を通して得ることができるものであり、それを教育や経験をとおして自分のものとすることによって「知識 Knowledge」とすることができるものと理解できる。すなわち、知識は情報の上位概念と考えていいものと思われるのである。
ITは文字通り情報技術である。情報を提供・共有することはITを用いることで十分可能である。しかし、情報を提供し、共有しても、その情報を有効に利用すること、すなわち医療の場合には患者の利益とならなければ、単なる自己満足に過ぎないものと考える。そこで、利用する者が情報を知識として自身のものとしていく仕組みが必要であると考えられるのである。
書籍「 Knowledge Creating Company 」(1996、邦題「知識創造企業」)1)で欧米を風靡した野中郁次郎教授が引き起こした、欧米におけるナレッジ・マネジメントブームも、企業のIT化の進展の理論的根拠として受け入れられた概念であると聞く。すなわち先に挙げた経営資源として「ヒト、モノ、カネ、情報」という考え方に加えて「知識」というものがこれからの資源であると理解したい。しかも、一般的に資源は使えば減っていくものであるが、知識は使えば使うほど増えていくものであると考えたい。ならば、最高の経営資源となるはずである。
企業以上に、病院という専門職集団においては、多くは個人に依存した潜在する知識の上に業務が成り立っているものと考えられる。したがって、個人の知や「技」に依存する業務を、客観的な組織の知としていくことがきわめて重要なこととなっていくのだろう。
ナレッジ・マネジメントはTQM、TQC、KAIZEN活動のほか医療機能評価受審やISO認証取得などといった道具や基準ではないことを確認する必要がある。ナレッジ・マネジメントは、組織が新しい知恵を創造していくための考え方・概念であるのと理解したい。したがって、その実践に方法論や基準は存在し得ないものと思われる。
まず、知識には暗黙知と形式知があることを理解したい。暗黙知は、主観的な知(個人知)、経験知など文字や数字に表していない知識であり、形式知は、客観的な知(組織知)、理性知など、教科書やマニュアルなどで学び得る知識である。
ナレッジ・マネジメントの本質は知識創造のプロセスを明確にしていくことにあるようだ。すなわち、知識変換は次の4つのモード、各モードの頭文字をとったSECIプロセスにあり、このプロセスがらせん状に回転しながら上昇していくことによって個人の、そして組織の知が創造されていくものとなるという(図1)2)。
さて、本当に知識は管理できるのか?確実に管理できるのは、知識を創り出して、共有する環境(場)を提供することであると考える。それは、会議の設定であり、非公式なワイワイガヤガヤの場であり、ITというサイバースペースであると考える。すなわち、先のSECIプロセスを回転させ、らせん状に上昇させていくための場の設定が重要な要素となる。
そこで、病院における場として会議や委員会、さらには各種の発表会があり、多くの病院で従来からこれらを活用してきた。特に、後述するクリニカルパスの作成過程や安全対策に関する委員会の設置などは病院機能を高めていくにあたっての重要な場となろう。
さらに、新たな知識創造の場としてITというサイバースペースに進出することは、新たな道具を得ることになるものと考える。
これらの場を、いかに必要なときに設定するか、あるいは現場が必要性を感じる以前に先を読んで設定するかは、管理者の重要な役割であると思われる。リーダーだけでは実際のSECIプロセスを回転させることはできない。しかし、SECIプロセスを回していく場を設定し、その場に明確な意義付けをすることは、誰でもないリーダーの役割であるということになろう。
恵寿総合病院では1995年の臨床検査システムの院内LAN( Local Area Network )化に引き続き、1997年のオーダリングシステムの導入、2000年の介護保険システムの導入と各関連施設間WAN( Wide Area Network )の敷設、2002年の電子カルテシステムの導入とIT化を進めてきた。これらシステムは現在39台のサーバーと645台のクライアントから構成され、総ストレージ量は7テラバイトを超える。これらに貴重なデータを日々蓄積し、活用し、病院としての新たな知を形成していくことは、何によりも増した「経営戦略」であると位置づけられよう。
ここではIT上のナレッジ・マネジメントの場として以下のものを設定してきたのである。
場の設定こそ、ナレッジ・リーダーシップを発揮する管理者の役割であることを強調したい。場を設定することなく、いくら声高にナレッジ・マネジメントを唱えたところで、知識資産は増えるものではないと考える。先に述べたようにITという新たな場を設定するスペースが目の前に現れたことは、われわれにとって幸運な時期であるように思えてならない。
1)野中郁次郎、竹内弘高 著、梅本勝博 訳:知識創造企業、東洋経済新報社、東京、1996
2)梅本勝博、神野正博、森脇 要ほか:医療福祉のナレッジ・マネジメント、日総研、愛知、p.32-39, 2003