情報化戦略

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日本版マネージドケアに対応した情報化戦略

週刊「日本医事新報」1997年12月13日号(No.3842)
特集「日本型DRG導入とマネージドケアの行方を探る」より


医事新報

特集「日本型DRG導入とマネージドケアの行方を探る」目次

  1. インタビュー:日本型DRGに臨む日本医師会の基本的姿勢
    日本医師会常任理事 青柳 俊
  2. 総論:日本型DRGの導入とマネージドケアの行方
    国立医療・病院管理研究所医療経済研究部 川渕 孝一
  3. 情報化:日本版マネージドケアに対応した情報化戦略
    石川/恵寿総合病院 理事長・院長 神野正博
  4. 在院短縮化:民間中小病院での在院日数短縮化の試み
    東京/岩井整形外科内科病院長 稲葉 弘彦
  5. 患者満足度:日本版DRGを見据えた医業経営戦略
    東京/神尾記念病院理事長 神尾 友和

医療における情報化のスタンス

医療の世界は、いままで「命を扱っている」「公定料金である」「規制に守られている」などという土壌のためにその"特殊性"を強調されてきた。

しかし、それはあくまで業界の"特徴"であって、「技術とサービスを提供し、それにより収入がある。人的・物的原価としての支出があり、利益により資本を形成する」というようにものごとを単純化して考えれば、基本的には、低成長経済の中で奮闘する一般企業と何ら変わったものではないと思われる。

企業が先を争って取り組んでいるヒト・モノ・カネの管理と情報化戦略を躊躇することなく、医療業界も取り込んでいかなければならない。

今後の医療費抑制政策や規制緩和による他業種からの医療福祉分野への参入の流れはますます加速すると予測される。ここで医療機関は運営・情報化にのぞむにあたって、自らの"特殊性"を捨てさり、与えられた役割を整理し、単純化していくべきであろう。

特に、こと医療情報の問題においては、患者側のメリットや医療の質の向上ばかりが強調される。しかし、同時に病院を運営する"企業"として、医療機関側における業務の見直し、効率化、コスト対効果という観点から情報化に取り組むスタンスも当然、重要な要素として加えるべきである。

いままでの医療機関における業務のプロセスをそのまま踏襲しただけの電子情報化の失敗は目にみえているように思う。情報化にあたっては、すでにある医療の慣習、形式化した業務を原点から見直し、一度捨て去る必要があるのではないか。 繰り返すが、医療の情報化は医療機関における患者側、運営側に横たわるすべての業務の見直しから始まって、その結果、必然の帰結としてなされるべきものであって、決して電子情報化のみがひとり歩きするものではないという点を強調したい。

いわゆるビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)の一貫として、進めていかなければならないものと考える。

情報化の道具

情報化は、情報を保存するものと通信があれば可能である。ここで保存するものとして紙があり、通信として電話があれば事足りる。しかし、情報の量が多くなればなるほど、その保存は困難であり、通信時間は長くなってしまう。そこではコンピューターとそのネットワーク構築の流れはやむ得ないものとなってこよう。

コンピューターは毎日のように進化している。その記憶容量は増加し、処理速度は高速化している。すでに蓄積された情報を引き出し、関連付け、加工することはコンピューターがもっとも得意とする仕事である。

さらにその電子化された情報をいつでも、どこでも手にいれることは通信の発達とともに容易な仕事となった。これを利用しない手はない。しかし、このコンピューターをいかなる仕組みで運用するかという点では、利用者側の確固たる思想が必要である。

実際、コンピューターの立場も変化しつつある。今までのホスト(主人)コンピューターシステムから、サーバー(召し使い)−クライアント(お客様)システムに変化した。コンピューターの都合に業務をあわせる、コンピューターに使われるのではなく、自分の役割にあった業務をより効率的に行うためにコンピューターを利用すべきである。

自分の役割を遂行するためには、何がしたいのかを明確に認識する必要があろう。

情報化のメリット 「情報化の未来図」

従来、情報の管理術として「価値ある情報のみを抽出し、分類して蓄積する」という考え方が主流であった。

しかし、コンピューターとそのネットワークを導入することによって、「価値があるかどうか分からないすべての情報を蓄積しておく」ことで十分になる。無作為に詰め込んだ情報の中から、必要なときに、また情報を必要とした人間が自らの価値観で情報を抽出すればよいわけである。

病院の業務をみたときに、一人の患者を核として、あらゆる業種の職員がおのおの別個にデータを取っていた。情報化により、これを誰かが自らの職制で一度入力したデータをどこからでも参照できる仕組みができることになる。

たとえば、一度受付で入力した患者情報は、二度と入力されることなく、カルテやレセプトはいうに及ばず、看護記録、栄養データ、検査データ・依頼書、処方箋などから経営データとしての患者動向までに反映させることができることになる。

これによる病院経営上の業務削減効果と統計データの分析効果は計り知れないものとなることになる。

さらに、一病院内の情報化にとどまらず、データベースの標準化によって、他院との比較や患者情報の共有化の道が開けてくる。

他院との比較という点では、医療内容をお互いに比較し、もっとも効果的な医療がなされているかという検証、いわゆるベンチマークが可能となる。

患者情報の共有化については、ネットワークやICカードを利用することにより、どこの医療機関へ行っても、患者情報を参照することができ、他院の診療内容の参照、アレルギーや禁忌薬剤の把握が可能になり、重複検査、重複投薬を回避することができるようになる。

また、詳細な紹介状は不要となり、患者のフリーアクセスが今以上に進む可能性もある。

ここでの問題はセキュリティーと医師間のコンセンサスのみであり、この2点が解決されれば、仕組みとしては容易なものとなるだろう。

業務のバーコード化など当院における事例

当院では平成6年来、業務改善の一環として、数々の試みを導入してきた。

1)診療材料を小分けして、そのおのおのにバーコードカードを添付、このカードをもとに管理することでJust in Time & Stocklessを推し進めた院外SPD(Supply Processing Distribution)システム。

2)検体をバーコードで管理し、検査機器と検査照会コンピューターさらに一社化した外注先コンピューターをオンラインにしたシステム。

3)薬品卸を一社化し、発注窓口を一本化。さらに、院内在庫を小分けし、バーコードカードを添付して在庫管理をするいわば、薬剤院内SPDシステム。

−を導入してきた。さらに、これら単体のシステムを統合して、本年1月からは、5台のサーバーと約240台のクライアントで、全業務をバーコードに対応させた独自のコンピューターネットワークを構築した(写真)。

バーコード
全業務をバーコードに対応させたコンピューターシステム(KISS):
患者入力場面で診療録に印字されたバーコードを利用。

このシステムは、Microsoft社のWindows NT 4.0をOSとして、「患者様を核に据えて、そのまわりを情報が球状に取り囲む」という思想のもとに、Keiju Information Spherical System (KISS)と命名した。

診療面における投薬、注射、検査、給食などのオーダリングシステムのみならず、画像情報管理、病歴管理、在庫管理、財務管理、さらに職員の人事管理など、病院内で発生するすべての業務を統合するシステムとした。

また、最大で10数Km離れた当院の関連施設(診療所、老健施設など)との専用線によるネットワークに向けて、現在システムを構築中である。

さらに、広報戦略の一環として、平成8年3月から、インターネット上に病院ホームページ(http://www.incl.or.jp/keiju/)を開設。この経験をもとにして、上記KISS内に、病院内のみのホームページ、いわばイントラネットホームページを設置した。

これには病院内伝達・連絡のための掲示板や電子メール機能、また病院内の印刷物を登録し、必要なときに必要な量だけ、必要な部署でプリントアウトする文書サーバー機能を持たせた。

今後の情報化戦略

先に述べたように、蓄積されたデータの抽出、分析はもっともコンピューターが得意とする仕事である。

今後、診療行為による収入を各部門でどれだけ関与するかといった按分率を決定することによって、オーダリングシステムで蓄積された情報からの部門別、行為別の原価計算が容易に可能になってくると思われる。これにより、不採算部門からの思い切った撤退や好採算部門への人的・物的資本の投入の道が開けてくることになるのではないか。

このような仕組みによる原価管理の徹底は、今後のマネージドケアに向けた病院の経営管理に、大きく寄与することは間違いないと思われる。

さらに、今後、カルテ内容のコード化により、電子カルテの導入が進められてくる。これによって、各医師の診療内容は比較検討される。マネージドケアをにらんでの最も効果があり、しかも最も費用のかからない検査、治療が標準化されてくる可能性もあろう。また、診療の場における意思決定の場面で、コンピューターにより、最適とされる検査、治療指針が提示されていくに違いない。ベテラン医師と同様な意思決定が若い医師にでも容易に可能になってくるかもしれない。 かって、医師のあるべき姿をライフワークとしてきたアメリカの著明な臨床医ウィリアム・オスラー博士(1849−1919)は「医学はサイエンスに支えられたアートである」として、本来医学に必要なのは、患者の痛みを計ることができる感性であり、個人の命や生活を尊ぶアプローチである、と説いた。

すなわち、サービス業である医師の最大の生産手段は、知識と経験と感性である。この普遍的ともいえる命題とマネージドケア導入で加速されるであろう医療の電子化、それに続く標準化の波が、お互いに対立することなく、補完しあって進歩していくことを願ってやまない。


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