平成12年9月1日初版発行、800円にて(株)日本病院共済会より発売中
病院はその設立母体に係わらず、地域の資源である。したがって、地域との積極的な関わりなしには病院は存立しない。そのため病院は病院サービスの受け手である地域の住民、行政に対して広報、啓蒙に努め、さらに医師会との協調に努めなければならない。
勤務医においても病院組織に所属する以上、これらに積極的に関わっていかなければならない。特に平成8年より「成人病」と呼ばれていたものが「生活習慣病」と改めて呼ばれたように、時代は早期発見、早期治療という2次予防から、健康増進という1次予防にシフトしつつある。さらに、平成11年には厚生省より「健康日本21」といった生活習慣病の削減の数値目標が示されている。このような背景のもと、「病院で待つ医師」から「地域へ飛び出し、社会に働きかける医師」が求められてきていることは当然の成り行きと理解したい。
また、平成12年4月より介護保険制度が施行された。介護保険下では医療機関のみならず、福祉事業者や民間事業者の参入がみられる。これは医師対医師、医師対コメディカル、医師対患者といった従来の図式に加えて、新たな交渉相手、協調相手の出現を意味する。介護保険制度に関して、病院のソーシャルワーカーや在宅部門職員などの担当職員との十分な意見の交換と制度の理解に務めたい。
1) 病病連携
各病院の機能、専門性から病院間の連携が行われる。急性期病院と慢性期病院、あるいは一般病院と高次機能病院間の連携は患者の病態により常に考慮する必要がある。特に、より高次病院へ搬送することにより、患者の救命につながるようなケースにおいては上司と相談のうえで、躊躇することなく対処しなければならない。
また、基本は病院間の信頼関係にある。紹介先病院における継続的な医療と紹介先に事情を念頭に置き、病状のみならず、既往や感染症状況などより詳細な診療情報の提供に留意しなければならばい。
2) 病診連携
病診の機能分担における外来規制は一つの趨勢であると理解しなければならない。このような背景のもと、診療所、家庭医からの紹介率、ならびにそれらへの逆紹介率の向上に留意すべきである。
病診連携においても、基本は相互の信頼関係にあると理解し、診療情報提供書とその返書は速やかに発行しなければならない。さらに、紹介元の状況を勘案し、電話やファクシミリを活用して患者の来院の確認や受診状況の報告も極めて重要である。また、紹介時に提供された検査所見やレントゲンフィルム等に関しては責任を持って返却しなければならない。
3) 開放病床(開放型病院)
病院との間で契約を交わした登録医に対し、一定の病床と設備を開放して、病院医師と登録医が協力して患者の治療にあたる。病院には地域連携室などの担当部署を設置して、登録医との間の連携にあたることとする。
共同診療にあたっては、診療録はお互いの意志疎通の大きな役割を担うことになる。したがって、診療録の記載にあたっては共同診療を念頭に置いた記載に留意しなければならない。また、登録医の来院の際には、可能な限り同行し、治療方針などについての認識の共有化に務めたい。
4) 医療機器の共同利用
CTスキャン、MRI、核医学診断装置や放射線治療装置などの特殊なあるいは高額な医療機器は地域における財産と理解すべきであろう。すべての医療機関がこれを持つことは医療資源の無駄遣いであるという指摘もされている。これを共同利用することは、紹介元医療機関にとっての診療の質の向上に寄与し、また紹介先医療機関においては機器の効率的運用が図られるといった効果が期待される。さらに、紹介元と紹介先医療機関の信頼と連携に大いに寄与することはいうまでもない。
共同利用に拘わる医師は紹介元機関へ迅速な結果報告をしなければならない。
5) 地域医療情報システム
地域を中心としたへき地医療情報システム、救急医療情報システム、健康管理情報システム、在宅医療支援システムなど多くのシステムが試行されてきている。そこではネットワークの利用やICカードの利用など最近のIT ( information technology )の発達と進展により、急速な波が押し寄せている。地域の医療を担う以上、積極的にこれらに関わりを持つ姿勢が求められる。
6) 地域医師会(勤務医部会)
日本医師会のA@会員(病院・診療所の開設者、管理者及びそれに準ずる会員)は1999年12月の医師会調査によれば、医師会員の52.9%にすぎず、医師会加入率から推定すると医師の過半数は勤務医であると理解できる。したがって、地域医師会や勤務医部会への関与と病院医師としての相互理解と情報交換に努めたい。
前述の地域医療情報システムのほか救急医療、災害時医療、AIDS治療、臓器移植など、行政主導型の組織体制が整備されつつある。これに基づき、救命救急センター、災害拠点病院、AIDS拠点病院、臓器提供病院などの指定がなされている。これらの地域における分布を理解し、連携に努めなければならない。
さらに、保健所行政、警察行政、その他との連携について理解しなければならない。特に留意すべき点につき詳述する。
1)保健所
@ 感染症
平成11年4月に従来の伝染病予防法から新たに制定された「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(いわゆる感染症予防法)」に基づく1〜4類感染症ならびに指定感染症について理解し、届け出は義務としてこれに当たらなければならない。特に、近年増加傾向を見る結核の届け出と、排菌者の特定による2次感染予防に努めなければならない。
また、食中毒は食品衛生法を根拠法としてその疑いがある場合は、病因物質として微生物、化学物質、自然毒の如何に関わらず直ちに届け出なければいけない。
Aその他
育成医療制度、未熟児医療制度、特定疾患公費負担制度、小児慢性特定疾患公費負担制度、精神障害者通院医療費公費負担制度、身体障害者補装具交付・修理制度など政策医療制度があり、これらには主治医の意見書ないしは診断書が求められる。対象患者及び家族の経済的負担の軽減の意味からも、適正な書類を交付しなければならない。
2)警察
医師法上規定される「異常死体等の届け出義務」のほか、事件性が推定される傷害についても躊躇することなく警察に届けなければならない。
また、警察当局から診断書等の提出が求められる場合には速やかに対処すべきである。
DOA ( dead on arrival )のみならず入院後24時間以内の死亡についても明らかな病因が特定されない場合には警察との協議の対象になる。この際、死亡診断書ではなく死体検案書となる場合は、必ず警察による検視を経て記載されなければならない。また、状況によっては法医学解剖を要請しなければならない。
3)その他
介護保険、身体障害者福祉など保健・福祉関連の行政からの問い合わせや報告を求められるケースは多々存在する。また、都道府県によっては悪性新生物や脳卒中などの登録を求めるケースも存在する。法的根拠のない場合、行政との連携とともに、患者のプライバシーへの配慮を確認する必要がある。
医療消費者の立場から患者の医療機関を見る目が厳しきなっていることが明らかになっている。最近の調査1)によっても、医療機関で不快な経験をしたことがあるかいなかの問いに対して、実に77.9%の患者があると答えている。そのなかで、とりわけ多いのが医師の言葉遣いや態度であるという現実に目をむけるべきであろう。
診療にあたっては、医師と患者という立場の以前に、人と人との礼儀、サービス提供者とサービスの受け手という基本を認識して襟を正して応対していかなければならない。
いうまでもなく、医師の業務は関係諸法のみならず所属する病院と行政、さらには健康診査や各種保険との関わりにて民間会社からも種々の契約上の規制を受けることになる。遵法はもとより、勤務医である以上、病院組織の一員としておのおのの病院における独自の約束事についても精通する必要がある。
1) 医師法
医師の業務については、@業務独占、A名称独占、B診療業務(=診療に従事する医師は、診療治療の求めまたは診断書等の交付の求めがあった場合には、正当な事由がなければこれを拒んではならない)、C無診治療の禁止、D異常死体等の届け出義務、E処方箋交付義務、F診療方法等保険指導義務、G診療録記載・保存義務、H医療等に関する厚生大臣の指示、が法的に規定されている。改めて確認するようにしたい。
また、コメディカル職員も各職能に応じた法的規定がなされている。共通した事項として守秘義務が規定されている。これに対して、チーム医療の現場においては患者情報の共有化による共通の目標管理や安全管理が重要視されている。ここでは、医療職間において情報を共有化した上で、チームの外に対しては個人の情報を守るといったスタンスが重要であろう。
2) 医療法
病院、診療所等の施設に関する基本的な法律であり、これにしたがって診療報酬上の支払基準が定められている。各自の所属する病院の種別、あるいは病床の種別を理解する必要がある(第2章参照)。
3) 療養担当規則
社会保険診療において適正な診療を確保するため、保険医療機関及び保険医が従うべき事項を定めた厚生省令である。保険医に関しての診療指針として、特殊療法等の禁止(保険と自費の混合診療の禁止)、投薬、入院の指示等における具体的な方針を規定している。保険診療を提供する以上は、この規則に従うことが保険者と保険医・保険医療機関の契約の基本となる。
4) 介護保健法
医師は主治医意見書の提出を求められた時には診断書と同様に速やかな発行が求められる。さらに、訪問看護・訪問リハビリ指示書、居宅療養管理指導、サービス担当者会議と医師が関わる部門が多数あり、求めに応じこれらの発行や会議へ出席が必要となる。
5) その他
各病院内における規則、病院内医師会(医局)における規則、各診療科内の約束事などは組織人として従う必要がある。法的根拠がない規則に関して異議がある場合は、話し合いの場の設定を上司や管理部門に対してもとめ、対象となる構成員の共通認識を得るように努めなければならない。
外来診療は病院活動の窓口部門であり、特に診療開始時間は地域住民との契約であり、厳守しなければならない。また一貫した継続医療のためにも家庭医や地域のサービス事業者と連携し、在宅ケアへも協力すべきである。
その行う業務は次の通りである。
@ 診療行為(問診、診察、検査、治療、指導など)
A 診療録の記載と署名
B 診断書、指示票、処方箋などの記載
C 関係機関への連絡(紹介、結果などの文書記載)
D 家庭と家庭医へ退院患者の経過とその後のケア方針の報告
E 院内外全般のコミュニケーション
特に、紹介元への返書は速やかに記載することとし、確定診断を待つ前に、患者来院の一報を報告すべきであろう。
地域の救急システムに参加し、分担部門と時間帯に協力し(病院群体制を含む)、宿日直を含めて24時間体制を確保しなくてはならない。
このための宿日直医の勤務は次の通りである。
@ 宿日直医は入院患者に対し休日・夜間の管理責任を持ち、その上級当直医は院長代行としての管理責任を負わねばならない。
A 休日・夜間の当直医は、入院患者のみならず、時間外の急病、救急患者の受診には快く応診しなくてはならない(応召の義務)。
B 専門外の患者であっても、応診し、必要なら専門医等との連絡により指示を受け、応急の処置を行うか、場合によっては専門施設へ適宜搬送しなければならない。
C これらは、プライマリ・ケアの理念に基づく医師の判断と行動であって、その積極性は高く評価されるものである(積極的医療)。
D 休日、夜間の災害などに際し、上級宿日直医は、院長代行として指揮にあたり、防災規定にしたがって行動し、管理者の到着までその責任を果たさねばならない(防災安全対策)。
E 地域救急システム参加の病院は、医師会などの夜間急病センター等と連携し、互いに機能を分かち合い、勤務量の調整を図るべきである。
入院業務について次の事項に留意しなければならない。
@ 入院に際しては、病院としてあるいは科としての方針、適応が策定されていなければならない。また、あらかじめ検討会においてその優先度等を検討することが望ましく、その際科長が主治医を決定する。原則として、入院は外来を通し、外来主治医の指示によるものとする。
A 主治医は入院に必要な入院指示票その他を発行しなければならない。また、患者に対して入院診療計画書を発行しなければならない。
B 主治医は入院患者に対してその責任を明確にし、回診は1日1回以上実施し、その容態の変化に速やかに対応しなければならない。また、科長等の診療責任者による回診も週1回以上行われることが望ましい。
C 診療計画や治療方針は、指示票発行の際に看護婦を含めたコメディカル責任者に明確に伝えなければならない。これらの策定に際しては、各医師の専門的経験とEBMに基づいた指針、さらにはコメディカル職員も参加した標準化された指針(クリニカルパス)の導入も望まれる(第6章参照)。
D 緊急入院は当該患者を診察した医師がとりあえず主治医となる。この際、専門の担当科医師にその旨を連絡することが望ましい。
E 退院に関してもあらかじめ、症例検討会において討議されることが望ましい。また、主治医はコメディカル職員と協力し、退院療養計画書による指導を文書をもって行うことが望まれる。
診療に関するすべての記録、所見及び行為は記録されなければならない。これは証明文書として、患者にも医師にも重要なものである。また、診療録開示の流れに対応すべく、記載内容の正確さにも留意されたい。
@ 主治医の署名と日時の記載
師は診療録を医療チームと共有する態度を持ち、病態、所見、診断書、処方箋、指示票の記載には必ず責任者として署名しなければならない。なおその内容は、必ず日時を記載したうえで他の医療チームの者にとっても理解されやすいよう、整然と記載すべきである。また、科長はその内容を確認するものとする。
A 診療録等の管理
診療録をはじめ一切の医療記録は病院で管理する。主治医および担当医は当該患者の転記後できるだけ速やかに記録内容を整備し、また退院時要約を記載して病歴室へ提出しなければならない。
B 診療録の閲覧
閲覧場所、持ち出し、複写等に関しては、各病院の規則を理解した上でそれを遵守しなければならない。
医師が自己責任下にある患者の診察を他の医師に依頼する行為をいう。患者が主治医の専門領域外の疾病を合併していたり、その疑いがある場合に主治医はその領域の専門医に積極的に依頼し、その意見を尊重して事後の診断、治療に万全を期さなければならない。
関連法(第3章参照)、各病院における感染対策マニュアルを理解して感染の予防に努めなければならない。ここでは、患者に対する院内の感染防止とともに、医療人における自己の健康保全の立場からスタンダードプリコーションの考え方を基本としなければならない2)-4)。
医療事故あるいはそれが予想される事態が発生した場合、さらに、医療者側に事故や過誤の認識がないにもかかわらず患者やその家族から訴えがあった場合には、速やかに上司ならびに病院管理者に報告し、その後の対応について協議しなければならない(第6章参照)。
病院における診療上の問題点の検討および構成員間の意志の疎通を図るため、病院内においては種々の診療集会が開かれる。また、その他に病院業務遂行のために各種委員会が開かれる。自己の専門性と病院としての診療の質向上の見地から、各種集会への積極的参加が望まれる。また委員会活動への専門的な関わりも求められれば積極的参加されたい。
@ 診療集会の一部
1) 症例検討会
自科のみならず、他科やコメディカル職員(看護婦、リハビリテーションスタッフなど)との横断的な検討会に積極的に関与すべきである。さらに、診療におけるOutcomeをEBMに基づき客観的に検討する場を設定する必要がある。
2) CPC ( clinico-pathological conference)
A 委員会の一部
1) 感染防止委員会
2) 事故対策委員会
3) 薬事委員会
4) 診療材料委員会
臨床試験は医薬品の有効性および安全性を評価する上で極めて重要である。しかし、これを行うにあたっては、十分な倫理的配慮のもとに科学的に実施される必要がある。GCPは、臨床試験の実施に関する遵守事項を定め、被験者の人権保護および試験成績の信頼性確保を目的とする基準であり、以下の骨子からなる。
@ 治験は、医療機関と依頼者である企業が組織間で文書をもって契約する。したがって、医師個人での受託は有り得ない。
A 病院内の治験審査委員会は治験実施の妥当性、被験者の治験参加についての同意の確認を行う。
B 治験担当医師は、被験者に治験内容を説明した上で、自由意志による治験参加の同意を得る必要がある。
C 各種報告書、記録、データ等について一定期間の保存義務がある。
診療の支援、患者サービスの向上、医事会計業務の効率化、さらには診療情報のデータベース化などを目的にして病院においては院内LAN、オーダリングシステム、電子カルテシステムなどの情報化が急速に進展しつつある。
ひとりひとりの医師にとって、あるいはコメディカルにとって納得の行くシステムの構築は不可能に近い。病院における導入の目的を理解した上で大多数のスタッフにとって使い勝手のいいシステムの構築に医師は協力すべきであるし、またその中心的役割を担うべきであろう。
(参考図書)
1)特集;患者1500人インターネット調査、日経ヘルスケア 2000年2月号:10−27
2)J.S.Garner(小林寛伊監訳):病院における隔離予防策のためのCDC最新ガイドライン、インフェクションコントロール別冊、1996
3)厚生省保険医療局国立病院部政策医務課監修:院内感染予防対策ハンドブック、南江堂、1998
4)J.Jennings、F.A.Manian:Apic Handbook of Infection Control、APIC、1999