医療経営Archives

桑原敬一・福岡市長の主張:保険より福祉マインドを

(毎日新聞 <日曜論争>1996年8月25日号)より

registration date: 1996.8.28


    (論点)
  1. 介護」という社会的な問題は、果たして保険方式になじむのか。
  2. 財政や要介護の認定は、市町村ではなく都道府県が責任を持つべきだ。
  3. 介護サービスの普及や充実は、市町村を軸に進める課題だが、権限も財源も与えないのでは困る。

 

介護は、保険方式になじむのか。サービスを受ける側に「対価意識」が出て、サービス対象は限りなく拡大していく。しかも、時間いくらでサービスを受け、時給いくらでサービス提供する。それじゃ、ぎすぎすした関係になる。親身になって介護し、要介護者も心から頼る福祉マインドを、まず育てたい。


 そのために福岡市では「市民サービス公社」を作った。研修を受けた福祉マインドのある市民1500人が活動する。活動間を預託し、自分が要介護状態になった時にサービスを受けることもできる。医師会と福祉事務所と保健所が一体になる「在宅ケアホットライン」も作った。
 そんな「自助・互助・公助」の土壌を育てないと、介護保険は膨大な費用を要するだけになる。
 確かに健康(医療)保険は財政的にガタガタになりつつある。そのため介護保険を創設するのは本末転倒ではないか。「社会的入院」を介護保険で解消するというが、強制的に介護施設に移せるものではない。
 医療と介護を軸に、先行きの社会保障の全体像を明らかにしたうえで財源の在り方を議論したい。
 厚生省案では、在宅サービスは3年後、施設サービスは5年後に介護保険を適用する。これでは「介護の両輪」がそろわない。5年後に同時スタートさせ、その間にハードもソフトも整備していく。
 全国三千二百余の市町村で十分なサービスを提供できる自治体はまだ少ない。介護保険がスタートしても、仕事を休んで家族が介護したり、仕事を辞めるほかない現状のままなら、国民を欺くことになりかねない。といって、現金給付すれば、結局は家族にシワ寄せがくるだけ。不正受給に悩むことにもなる。
 厚生省案では、要介護状態ごとに給付限度額が設定される。モデル案では、ホームヘルプサービスは、デイサービスなどと併せて利用した場合、最高1週間11時間余のサービス提供になっている。 福岡市では来年度から全市で必要な要介護者に24時間サービスを始める。介護保険は、今のサービス水準を引き下げる恐れがある。
 保険収入で5割、公費で5割の財源構成という。厚生省案では、今より市町村負担は減るというが、要介護者が希望する高いサービスを提供するほど保険外の独自負担は増える。
 もともと要介護状態になる高齢者はせいぜい1割強で、大半の保険料は掛け捨て。自営業の方などが加入する市町村運営の「国民健康保険」(国保)の保険料を集めるのに四苦八苦し、このうえ介護保険料まで集めるのは大変。
 要介護の認定も難しい。病院で「何ともない」と診断されれば喜ぶが、「要介護の状態ではない」と拒否されれば怒る。医療と介護は決定的に違う。よほど簡便な認定にしないと現場は混乱する。
 都道府県が、責任を持って財政調整や統一的な要介護認定に当たる仕組みが不可欠だ。これらの役割を都道府県ごとにある国保連合会に委託しようとしているが、連合会は市町村の寄り集まり。そんなノウハウやスタッフもいない。

権限、財源なしでは

 介護は確かに市町村を軸に進めるべきだが、権限も財源も与えないで地方分権と言われては困る。
 コミニュティーは小さいほどいいから福岡市では小学校単位に公民館を作ったが、建物が小規模すぎると文部省は補助金をくれない。厚生省は、やっと30人定員の特別養護老人ホームも認め始めたが、地区によりもっと小規模なホームもいる。
 町づくりは、住民参加で進めるべきなのに、国は細かく干渉し、県も代理人のようになって締め付ける。これじゃ地方分権は成り立たない。
 福岡市は、周辺の21市町村の競艇開催を支援しており、その収益は福祉費などに充てられている。この21市町村と特別養護老人ホームなどを共同運用している。「広域都市連合」だ。
 新しい介護システム作りは、中央と地方の関係を変え、市町村が連合するきっかけにしたい。とりわけ小規模な市町村は互いに助け合って介護に代表される福祉に取り組み、都道府県は国の代弁者ではなく市町村を支援する役割を担ってほしい。だが、今の介護保険構想では、行政能力と財政力に弱い市町村を置き去りにするだけだ。

 (くわはら・けいいち)1922年福岡市生まれ。労働省で労働部長などの後、一時は福岡県副知事も経験した。戻って労政局長を経て事務次官。その後、福岡市助役となり86年市長に当選して3期目。全国市長会会長を務め、いまは地方分権推進委員会委員。中央と地方の行政、政治に精通する。


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