医療経営Archives

<社説・福祉改革>

統制と競争のいびつな市場:「公設民営」

毎日新聞1999年1月11日朝刊より

registration date: 1999.1.11


   「生き残るのは、せいぜい3割か4割」……そんなショッキングなささやきが福祉関係者から漏れる。来春の「介護保険」発足を機に、多様なサービス事業者が参入する。市町村の社会福祉協議会(社協)による在宅介護サービスは太刀打ちできなくなる、というのだ。

   社協は、戦後まもなく「地域住民の福祉を増進する民間組織」として生まれた。いま全国3371に上る社協は、目標どおり福祉活動の拠点に育った例から、行政の下請け程度まで実態は千差万別である。

   すでに99%は社会福祉法人格を得て、職員総数は7・6万人(うち非常勤2・1万人)に膨れた。とりわけ介護保険の対象となるホームヘルプやデイサービスに当たる事業職員が急増する。行政(自治体)からの委託事業費が、平均的に収入の半分近くを占め、補助金を超す財源となった。

   しかし、行政が利用者の優先順位と利用先を決め(措置制度)、社会福祉法人は、そのサービスを委託されてきた。利用者を集める苦労は少なく、行政から措置委託費が入る。 それが介護保険により、介護分野は契約へと変わる。“温室育ち”の社協が民間サービスに対抗できるのか。しかも株式会社と同じサービスを提供するなら、「社協とはいったい何か」と自問せざるをえない。

  「公的」とは何か 同じ問い掛けが、各分野へ広がる。やはり主に社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームは、重度の要介護者を預かる介護専用型の有料老人ホームと比べ、どこが違うのか。保育所は、一足早く契約へ移行したが、公立保育所の役割は私立保育所と同じでよいのか。「公的」というにふさわしい活動がなければ、社会福祉法人は存在意義を失う。

   厚生省は、社会福祉事業法などの大改定を目指し、すでに「福祉の基礎構造改革・検討状況の報告書」をまとめた。「市場原理の導入」を全面に掲げ「福祉のビッグバン」とうたった当初の勢いは、少し落ち着き、漸進的な転換になりつつある。

   もちろん福祉分野の全般を、利用者が選び、契約する介護保険型へ移行させる流れは変わらない。いわば「定食」の押し売りはやめ、「メニュー」の中から選んでもらう。

   だが、「選ぶ」ことは、知的障害者や痴ほう症状の高齢者にとって難しい。主に金銭のからむ行為を指導・代行する「成年後見法」が成立し機能すること、日常的な手助けをする「生活支援員」(仮称)の創設と定着が絶対の条件になる。

   契約への移行により、公費負担は措置委託費という事業者への補助から、助成金という利用者への支援に変わる。利用料も支払い能力に応じた費用徴収から、サービス内容と利用量に応じた応益型になっていく。その際、利用料の払えない低所得者に、どう配慮するか。やがて社会福祉法人への非課税優遇の廃止や、施設の開設補助の見直しが待ち受けるが、どの程度の猶予期間になるのか。具体策はまだ見えない。

   それより先に、福祉の世界に「情報公開」「苦情解決」「サービスの質の向上と評価」を確立したい。メニューは、だれでも見ることができ、他店とも比べ、食べてまずかったら文句を言って改善させる。そんなルールがまだないに等しいからだ。

  先にやるべきこと しかも、定食さえ希望者の数割にしか提供できないのが現実だ。介護保険もサービス不足のまま発足する。障害者向けサービスはヨチヨチ歩きにすぎない。

   報告書は、「地域福祉計画」の策定を社会福祉事業法に盛り込むよう提言する。自治体に「介護保険事業計画」を義務付け、高齢者福祉の分野では青写真を描ける。しかし、「障害者プラン」の策定は努力義務にとどまり、子育て支援の「エンゼルプラン」策定は任意にすぎない。計画の統合化を急ぎたい。

   多様なサービス提供者の参入は望ましいが、どんな条件をつけるか。市場原理の「参入の自由」は、「撤退の自由」と一体の概念である。だが、これを福祉分野に、そのまま持ち込まれては困る。株式会社などが参入し、「もうからない」とすぐやめたり、倒産で投げ出す事態を防がなければならない。

   報告書も考慮すべき5点を挙げる。(1)高い公共性(2)サービス基準の確保(3)一定の実績(4)継続性や安定性(5)地域の需給関係を考慮する。

   それなら、行政が土地や施設を提供し、民間が運営する「公設民営」を積極的に導入・普及すべきだ。民間の知恵と努力で運営し、もし経営が破たんしても別の民間団体に交代させられる。五つの条件の多くが保障され、「生活基盤」づくりという新たな公共投資も広がる。 

   零歳児や長時間でも預かる無認可保育所、働き場のない障害者のため親たちが探し歩く無認可作業所などに公的な場所を貸せばよい。建築費がなければ公立学校の空き教室や庁舎の一部を改造すればよい。それも、まさに公設民営である。

   需要と供給の「見えざる手」に導かれ、価格の決まる市場原理を福祉の世界にそっくりは持ち込めない。介護保険の場合も、サービス単価は公定価格を決める。「競争」と「統制」がせめぎ合う、いびつな市場にすぎない。その意味でもハード面は公設、ソフト面では民営が競争条件を整えることになる。

   福祉の構造改革は、改めて「公共性とは何か」という問い掛けに解答を出す作業であるはずだ。

*太字は当ホームページで設定しました。

参照:病院経営の取り組み(実践例)
  当法人では、田鶴浜町におけるデイサービスセンター・在宅介護支援センター、および鳥屋町におけるデイサービスセンター・在宅介護支援センター・短期入所施設を公設民営方式で運営しております。


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