医療経営Archives

舛添要一の直言・苦言

ストックからフローへ

月刊 ビジネス情報誌「エルネオス」1999年2月号

registration date: 1999.2.3


    日本の高齢者は、驚くほど多額の資産を所有している。さすがに個人資産が1200兆円の国である。そのことを数字で示すために、総務庁の「全国消費実態調査報告」(1994年)を引用して、世帯当たりの資産額をある新聞に載せてみた。具体的には、70歳以上の世帯で実物資産が7420万円、金融資産額が1840万円であるが、この数字を見て、新聞社の担当者も読者も、「何かの間違いではないか、数字が大きすぎる」と批判交じりの不満を寄せてきた。

    数字は間違っていない。ちなみに、60‐90歳の世帯では実物資産額が6300万円、金融資産額が1800万円、50‐59歳の世帯では実物資産額が5300万円、金融資産額が1000万円である。東京都内の住宅地、例えば世田谷区に50坪の土地を持っていれば、バブルが崩壊した今でも坪単価が約200万円なので、1億円になる。それに建物、家財道具などを入れれば、1億5000万円は下らない。齢を重ねるほど持ち家比率も上がるので、全国平均で7500万円という数字は誇張でもなんでもない。

    70歳ということは、平均すれば10年後には棺桶に入る。それなのに、総額9300万円もの資産を持っていてどうしようというのか。死ぬときに資産をゼロにする覚悟であるならば、毎年930万円ずつ使っていかなければならない。つまり、1日に2万5000円である。年寄りたちが、このテンポで消費してくれれば、日本経済は一気に蘇る。だから、高齢者の資力を軽視してはならないのである。

    資産は、生きている間に、自分の人生を豊かにするためにこそ使うべきである。定年退職後、夫婦で世界旅行に出かけてもよし、絵画教室に入門してもよし、心身共に充実した人生を送ることがボケの予防にもなる。また、社会全体からみれば、それは老人医療費の削減にもつながる。

    子孫に美田を残さず。これを皆が心がけるべきである。節約してお金を貯めて、死んでしまったら、子供たちが醜い相続争いをして、家族崩壊である。だから相続税は高いに越したことはない。安いと無能な2世、3世が世にはびこって、日本は潰れる。「貯めずに使え」である。これがストックからフローへという意味である。

    親が子供に財産を残したいのは人情である。しかし、財蓄に励む本当に理由は、子供のためというよりは、老後の自分の生活を守るためである。将来が不安だからである。年金は減るのではないか、ボケたらまともな介護を受けられるだろうか、老人医療費の負担が増えるのではないか、といった老後の不安が次々と脳裏をよぎれば、誰だって消費を抑制して貯蓄に回す。わが政府には、そのことが理解できないらしい。

    だからこそ、「子供だまし」の地域振興券で消費を回復しようとするのである。どうすれば安心した老後が送れるかという福祉の根幹をきちんとしない限り、景気の回復はありえないだろう。福祉政策こそ景気の切り札であり、その意味で大蔵省のみならず、厚生省の責任は大きい。福祉目的税に財源を求める形で、年金、医療、介護の充実を図るべきである。

(太字は、当方で付けました)

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