「Medical Computer Network」 2002年8月号 クリニカルパス特集 全文
いままさに医療制度、医療保険制度の変革期にある。症例数に達しない手術の手技料の低減性や患者自己負担の問題など病院にとっては目を覆いたくなる案件が多く存在する。しかし、われわれは新しい仕組みに賛否はあろうとも、自らの存続のためにその制度に適応していかざるを得ない。その適応の道具は多数作り出されることであろう。それらを選ぶ際に、われわれは医療に対する価値観を確認し、確立しておくことが必要であろう。それによってこそ、変革を乗り越えるための力を生む道具を手に入れることができるであろう。
クリニカルパスもまた、変化への適応のための道具の一つとなり得るのか。その意義や有用性について、当院で導入したeクリニカルパスの事例紹介を含めて述べてみることとする。
医療の質とともに患者満足( Customer's Satisfactin )は特に近年クローズアップされていることは周知の事実である。患者満足は、もう一歩進めば、地域社会の満足、さらには日本という国の社会の満足に到達することであろう。患者から、地域から、社会から自らの病院の存在意義を否定されたならば、われわれは舞台の上から降りざるを得ないことになるであろう。
クリニカルパスはすでに医療界のみならず、社会からも認知されつつある。そこでは、患者満足の担保として、インフォームドコンセントの道具であり、また患者と医療者、あるいは医療者間におけるインフォームドシェア(情報共有)の道具でもあることが強調されている。
しかし、私はクリニカルパスに患者満足だけではなく、職員満足の面でも、さらには経営的な面からも、価値を見出すべきであると考える。経営的にも、業務的にも、医療はこれから効率化が求められる。そして、効率化には必ず、この経営と業務、すなわち病院の存続と職員満足の両面が表裏一体となっているものと考える。患者満足と、効率化による経営、効率化による職員満足。われわれの開発したeクリニカルパスはこの三方も一両損することなく成り立つ道具の一つとなりえる有力な武器であると考える。
当院では平成9年1月にオーダリングシステムを稼動させた。その直後に、新しいツールとして「クリティカルパス」というものが、注目されつつあることを知った。この時期に、国内でパスを導入した病院は数病院に過ぎないものと思われた。
そこで、当院のオーダリングシステムの立ち上げに中心的な役割を担った医師3人とともに、東京で開かれたあるセミナーに参加した。セミナーはパスが日本に紹介されたごく初期の時期であり、講師として参加したアメリカの先進病院の管理ナースからは、現在のような患者へのインフォームドコンセントが中心ではなく、本来アメリカ航空宇宙局NASAの宇宙船開発に寄与した開発日数の短縮化の話と、それを医療に応用した場合の在院日数の短縮化など業務や経営効率性の話題が中心であった。
その時点で、われわれは「確かに面白い」「しかし、オーダリングを立ち上げた以上、その上にクリティカルパスというものを導入した場合、作ったパスは誰がオーダーするのか?」「医師がパスを作った上で、再度パス表のとおりコンピュータに入力するのでは二度手間になってしまう!」「看護婦にやらせる?」「とんでもない!オーダーは医師がするものである!」等々、議論百出となった。
この議論は、業務効率性をも最初から視野に入れたものとなった。そこで、われわれの結論は、「日本や世界の最新パス事例は勉強する。しかし、本格的な導入が遅れようとも、まず始めにするべきことは、オーダリングシステムといかに連動させ、いかに業務効率を上げるか。すなわち、オーダリングシステムと連動したeクリニカルパスソフトの開発を先行させる」というものであった。
幸い、このコンセプトはソフト開発会社とも共有することができた。当院で開発し、いずれ市販するということで開発経費は安価なものとなった。これにより、平成10年10月のソフト完成まで、当院における本格的なパス作製業務は緩やかなものであり、それ以上にソフト開発に力を注ぎ込んだこととなった。
パス表には、患者用パス表(図1)、医療者用パス表が存在するのは、他の事例と同様である。そして、この医療者用パス表を電子化していく。すなわち、患者オーダー画面から選択したクリニカルパス画面で、基準日やパス適応疾患を選ぶ。それにより、図2のようにアイコン画面において、一つひとつのアイコンに実際の業務内容や、注意点のほかに投薬、注射、検査、給食、処置などオーダー内容そのものを埋め込んだ画面を呼び出すことになる。この画面を登録することによって、すべての内容は各日付の各業務シートやオーダーに埋め込まれていくことになる。
すなわち、ワンクリックすることによって、原則すべての業務指示、オーダーは患者の基準設定日から退院まで終了してしまうことになる。いわば、究極の「手抜き」システムといってもいいかもしれない。もちろん「手抜き」イコール業務効率の改善である!
そのためには、パス表の中身はすべてオーダーに即したものである必要がある。一例として「手術の後に抗生物質を朝夕注射する」ではなく抗生物質の商品名を埋め込んでおく必要がある。この抗生物質の商品名の明示は、各疾患術後における当院の感染起因菌から、最も術後感染に効果があり、しかも耐性菌が発生しにくい抗生物質を選択する過程が必要になる。これはとりもなおさず、EBM( Evidence Based Medicine )の具現化に他ならない。
これら情報は、コンピュータにより自動的に各場面へ落とし込まれる。すなわち、業務指示として注意点、観察ポイント、教育説明内容などは毎日の患者別看護ワークシートや担当看護チームのラウンドシートに印字される。また、各種オーダーはおのおの設定したタイミングで各担当部署へ自動的に伝えられる。投薬、注射指示ならば薬剤課へ処方箋として出力され、それはまた薬剤課の薬歴管理画面へも反映される。検査指示ならば、ワークシートに採血指示が印字され、前日には採血管等のラベルが検査課で印字され、ラベルを貼付した採血管が前日のうちに病棟へ供給される。給食ならば栄養課に食事の変更タイミングごとに自動的に食事箋という形で出力される。等々、クリニカルパス登録患者にかかわるほぼすべての業務は自動的に行われ、医師や看護師はそれぞれ患者の容態観察に専念すればよいことになる。
もちろん容態観察過程で、異常が発生したならば、同じくワンクリックで中止指示を出すことが可能である。これにより、未実施の未来の指示は一括して消去が可能となる。
また、あくまでもパスの内容はオーダーシステムに貼り付けられるだけであるため、診療内容の一部の変更は自由に可能である。これに伴う逸脱症例(バリアンス)の分析は、現在開発中の第二バージョンで、電子カルテへの連動とともに検討中である。
当院では、現在77の疾患あるいは検査のeクリニカルパスが登録されている。そのなかで、患者の特異性から、当然「正常分娩」パスはほぼ100%の実施となっている。
図1 |
図2 |
いかにeクリニカルパスが業務の効率化に寄与しようとも、私は決して当院の患者のすべてにパスを実施すべきであるとは思わない。それは、クリニカルパスがレディメードのメニューであるのに対して、急性期の病院として、毎日、いや時間単位、分単位で容態の変化する患者、あるいはその患者の容態や合併症に合わせたオーダーメイドの医療が必要である患者が圧倒的に多いはずだからである。
しかし、10%でも20%でもの定型的な患者には、業務の削減をさせてもらう。そこで、生まれた余裕を残りの患者に振り向ける。こうした業務における「メリハリ」がしいては複雑な病態の患者への医療サービスの向上と、定型的な患者への病院として質の均一なサービスの提供に寄与することになると考える。
また、電子化の如何にかかわらず、クリニカルパス作成過程は、医師や看護師ばかりでなく、病院職員全体の暗黙知の形式知化(ナレッジマネジメント)や患者用パス表によってインフォームドコンセントに寄与することは言うまでもない。さらに、パス設定患者の医療費や原価の計算は容易であり、これが対患者への説明と同時に病院経営の効率化に役立つこともあり得よう。
当院では、本年6月の入院・外来診療はもちろんのこと看護記録、リハビリ記録入力などの業務を含めた全面的な電子カルテシステムを稼動させた。これに伴って、従来のeクリニカルパスが入院患者用のシステムであったのに対して、外来患者用のシステムを立ち上げた。
すなわち、定期的な経過観察や検査が必要な慢性疾患の患者に対して、電子的「年間治療計画」を作成するシステムを立ち上げたのある。これは、疾患ごとに年間の標準計画をあらかじめ専門医や医療スタッフの合議のもとで作成し、患者ごとの指示画面から、適応疾患を選択することによって年間の標準計画に沿った予定表を電子的に作ることにある。そして、この予定表を患者へ告知すると同時に、予定月の前に、病院側から予定の確認を行うシステムである(図3)。
背景にはこの4月の診療報酬改定による投薬の長期化と逆紹介の勧めによって病院への来院回数が減少することがある。年間スケジュールの中での必要な精査時期にのみ検査来院を促す必要性があるのである。また、病院側からの予定の確認は、当院で平成12年6月より立ち上げた医療・介護利用者を対象とした専用電話窓口、コールセンターを積極的に利用することとした。
さらに今後の課題として、eクリニカルパスの内容ばかりではなく、先に述べたバリアンス分析やパスによる指示の内容の評価・結果を電子カルテ上の診療経過録や看護記録へ反映させていく仕組みを創りだす必要がある。これによって、より質の高い医療の提供ができるものと思われる。
図3
クリティカルパスは、日本に紹介されてから、日本独自の進化を遂げクリニカルパスへと変化していった。クリティカルパスが生産工程の効率化を目指しているのならば、クリニカルパスは患者サービスの面が強調されているわけである。
当院の導入の経緯からおわかりのように、私たちは独自に電子化を優先させ、業務効率の改善の面を強調して導入してきた。冒頭に述べたように患者満足ばかりではなく、職員満足の面においてもeクリニカルパスは大きな役割を担うものと確信している。医療サービスの世界では、患者満足を優先させ、職員に業務過重を強いる場合も往々にして存在するやに思う。一方のみの満足ではどちらかにしわ寄せが発生すると思われてならない。