Medical Management 1997年7月号

足し算と引き算の医療費


国の財政難を背景とした医療保険改革関連法案は9月1日施行ということで、国会を通過した。さらに、その後に医療保険の抜本改革という大きな宿題が政府に課せられている。先進国のなかでも総医療費自体は低い部類に属する日本で、多くの有力族議員に守られた公共事業・農政予算の削減問題は後退させられているにもかかわらず、医療費削減問題ばかりが議論されているように思うのは私だけであろうか。他の業界に比べて多額の献金をする大企業が少ない分、また集票力が少ない分、医療保険改革は政府の財政構造改革の目玉となっていくような気がする。

しかし、ここで不平不満をこれ以上述べるつもりはない。この医療費削減問題に絡む医療費の構造改革にどう取り組むべきか、どう取り組まざるを得ないかを考えてみたい。

* * *
まず世の中では規制緩和が声高に騒がれている。本誌で4月号(医療ビッグバン)では薬剤、材料における規制緩和について提言した。病院というものに科せられたミッション(使命)が「病気を治し、予防すること」であるとすれば、ここをいかに充実させるかということが病院経営者の役目であり、それ以外の業務処理に関しては極力スリム化すべきこととなる。ところが、特に今回の医療保険改革でさらに複雑さを増す診療報酬体系は、今後も病院における非現業の医事部門の人数と質の向上に病院は多大なる努力を必要とすることであろう。まさに、この診療報酬体系自体に大きな「規制」の存在するところではないだろうか。そろそろ、小手先のしかも継続性のない保険制度改革ではなく、内容を一から見直す「保険制度のリエンジニアリング」が望まれてならない。そのためには、選択肢の一つとしての定額制医療も医療全体の将来を憂えば、研究すべき課題であると思う。

ここで、病院経営の立場から出来高制、定額制について整理してみると、 出来高制は、いわば足し算の世界であり、病院側は1件1件の医療行為に対して、各々原価計算を行うこととなる。足し算の世界では、たとえ高額な医療器械を購入しても、その償還期間はおおむね概算が可能である。研究機関と違い、一般の民間病院では出来高払いであるからこそ、設備の充実がはかれるのではないかと思われる。もちろん、そのなかで、同じ外科手術をとってみても、平易でしかも大きな機器・設備が不要の虫垂炎手術などでは、人件費・材料費もわずかなところから利益率は高くなり、先進病院でしかできない心臓外科手術では、高い人件費(大勢のスタッフが必要である)・材料費により低い利益率で甘んじなければいけない。しかし、低率でも利益は利益であり、さらに徹底した原価管理・購買管理で先進医療に取り組むことが可能な訳である。ここで、出来高払いの弊害として医療が高度になればなるほど、微にいり細にいり規定されている現状の診療報酬制度は、前述の如くその事務作業量の増大を招く。また診療報酬改訂のたびに一貫性のない規定変更により、事務作業員の周知徹底、コンピューターソフトの変更など、組織が大きくなればなるほどその労力は大変なものとなっていく。

これに対して定額制を考えてみることとする。当法人は二つの定額制である老人保健施設を運営している。病院とは医療内容は異なるものの、2施設200床を事務員2名で対応でき、その事務作業量は極めて軽微なものである。定額制は引き算の世界であり、決められた額から必要経費としてどれだけ取るかといった経営となっていく。細かな規定なしに定額制ということになれば事務作業量は当然軽減されるわけである。しかし、現状で定額制を取る老人保健施設や療養型病床群などと異なり、急性期医療や先進医療を行う際には、どのレベルで定額とするかが大きな問題となる。つまり、より重傷の患者を受け入れ、より高度な検査・治療をする場合、設備やマンパワーの原資が保証されるかということになるだろう。今後の医療法で設定されるであろう特定機能病院、地域支援病院、一般病院、療養型病床群などといった分類のみで、定額が決められるならば、「リスクが高く面倒な患者は受け入れない。」といった日本の医療レベルの低下につながる事態が必ずややってくるように思えてならない。

また、私は実は日本医療機能評価機構のサーベイヤーの一人である。同機構における書類、マニュアルの有無、設備などを評価するような現状の評価では診療報酬の裏付けとなるような評価は期待できるものではない。その辺りの物差しがとても重要になってくると思われる。

アメリカのメディケア、DRG(Diagnostic Related Groups)に準ずる包括払い制度の研究が日本でも始まり、また今年の10月から一部の国立病院で急性期入院を対象に試験的に定額制医療が行われようとしている。そこでの試行調査検討委員会で、参考として示された診療行為別医療費をみると、下の表のように単に病名がついているというような疾病別の医療費や在院日数の検討であって、どういう治療をしたか、その病気が治ったか、あるいはその悪性腫瘍が再発しなかったかというような医療に質にかかわる問題は議論されてはいない。またそのような資料も現在のところ公開されていない。さらに、もちろん議論中かと思われるが、この点数では急性期の先進医療は不可能であろうし、この点数であるならば積極的な検査・治療は行わない病院すなわち疎診疎療の病院の方が黒字病院となる。

(表)平成7年医療診療行為別調査(1件あたり平均点数:食事含む)の一部

総合一般老人
胃の悪性新生物51,407.156,193.646,618.9
糖尿病33,506.734,378.232,233.0
白内障35,229.932,117.536,620.9
虚血性心疾患43,496.055,153.536,881.7
くも膜下出血48,070.244,473.752,238.9
肺炎32,310.220,981.242,063.3

そこでアメリカではHMO(Health Management Organiztion)の弊害も多々報告されているが、HMOという日本でいう保険者が病院の格付けをする仕組みがある。この仕組みでは、保険者であるHMO毎から、病院は国の病院類型とは異なった1件1件個別の評価を受け、それに見合う診療報酬を受け取るわけである。これにより、地域の特色や機能分担さらに治療成績がより現実的に評価可能になるように思えてならない。日本においても、もし定額制を導入するならば、赤字補填を受けている官か、受けてない民かも考慮に入れた上で、第3者組織で医療機関の個別の特色を基に定額を設定する仕組みや医療機関の質毎に別々の基準点数単価を設定する仕組みなどの研究、確立が強く望まれるのではないだろうか。


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