参照:BOOKs for Medical Management、「医療サービス市場の勝者」
(前略)詳細は本誌をご覧ください。
―著者は「消費者も変われ」と強調しています。
岡部 本書のもう一つのポイントが、医療サービス提供者が消費者の利便性向上に努力するだけでは不十分で、患者・消費者の側ももっと勉強して、よりよい医療サービスを自ら選択できる目を養え、と力説している点です。
医療経済の専門書を繙きますと、必ず「情報の非対称性」という言葉が出てきます。医師に比べ、消費者は医学・医療についての情報をほとんど持っていないので、対等の取引関係は成立し難く、消費者の自由な選択になじまない。ゆえに、政府の介入や規制によって消費者を保護しなければならない――という論調です。しかし、著者の立場はまったく逆で、だからこそ消費者は賢くなり、医療サービスを自らが選択できるようにならなければならない、と主張しています。
―「消費者が主導的な役割をはたす医療や保険制度の実現」が著者の最終目標とするところですが、日本の場合、国民皆保険の存在や、医療サービス事業への参入規制など、米国以上に消費者が主導権を持つことは困難な状況ですね。
岡部 その通りです。日本は、医療に限らずあらゆる分野が生産者主導で、官による規制が徹底していて、消費者無視のシステムができあがっています。まず、こういった日本の常識を打破するところから始める必要があります。
病床規制などの需要規制を廃止し、医療事業への参入規制も緩和して、市場に任せるようにする。一方で官は、情報開示の徹底や、医療の質の評価制度の確立、医療過誤の監視機関の設立など、チェック機構を整備する。そうすれば消費者が主導権を持つようになるのではないでしょうか。
―しかし、情報開示や医療施設の機能評価などの面では、日本はかなり遅れています。
岡部 情報開示の遅れは明らかに行政の責任です。消費者が情報を得て、医療機関を選別しようといくら思っても、病医院の医療の質や医師の実績など、必要な情報が十分煮えられる状況になっていない、著者は米国でも情報開示の面で医療産業は他産業に比べ非常に劣っているといいますが、日本は米国に30年くらい遅れている感じです。
―先生は金融界から一転、医療界に身を置くことになった訳ですが、どのようなギャップを感じられますか。
岡部 米国、日本、そして仕事で長く住んでいた英国の医療を比較してみたのですが、米国はやはり優れていると思いました。無駄な部分は著者が言うように多々あるでしょうが、医療費の総額が一人あたり倍近くあり、1997年実績でGDP対比も米国は14.01%で日本は7.32%です。一方、英国は6.69%で先進24カ国中最下位でして、NHS
( national health system )は、長期入院待ちに代表されるように国民の評判が圧倒的に悪く、反面教師として以外あまり参考になりません。ブレアー政権は、医療にお金を使っていないからだという結論に達し、GDP比を9%にまで高め、NHSを充実するという施策を実行に移しつつあるようです。
さて、日本を見ますと、英国ですらGDP比を引き上げる方向性を打ちだしているのに、その気配は微塵もない。相も変わらず医療費削減を叫んでいます。そもそも、国民総医療費が少ない方がいいなんて、どうして言えるのでしょうか。私は考え方が根本から間違っていると思います。
―根本から、と言いますと。
岡部 景気が低迷して消費が伸びないといわれていますが、医療・福祉関連の消費を増やせばいいのです。潜在需要は十分にあるし、中心顧客になる高齢者の個人貯蓄は実に数百兆円もあるのです。どうしてそういう発想が出てこないかというと、日本では官も民も医療をサービス産業と捉えてこなかったからです。医療費は単に国が背負うコストとしか見ていない。この本の副題に America's largest service industry という言葉が使われていますが、日本の場合、サービス産業であるという認識すらまだない。
―どうすればサービス産業に近づくとお考えですか。
岡部 基本は国民一人一人が意識を変えることです。そして、「混合診療」を認めることがその起爆剤になるかもしれません。保険財政に限界があるのですから、混合診療を全面的に認め、消費者がポケットマネーから支払う医療の枠組みを広げるのです。そうすれば自然と、価格と質の競争が生まれ、市場原理が働くようになるでしょう。もちろんその場合、先ほど話しました、情報開示の徹底や、医療の質の評価機関、医療過誤の監視機関などの整備は必須です。