【大星委員会メンバー】
委員長:大星 公二 劾TTドコモ相談役
主 査:川渕 孝一 東京医科歯科大学教授
委 員:医療機関、医療産業、学界、マスコミの有識者20名にて構成
【報告書総論】
T.基本認識
1.求められる工程表
2.競争政策からみた医療分野
3.国民医療の実現に向けた2つの視点
4.雇用創出効果の高い医療産業
U.提言
1.情報ギャップを埋める努力
2.モラルハザードの阻止
3.家内産業から基幹産業へ
V.工程表
1.財源(Financing)
2.提供体制(Delivery)
3.支払方式(Payment)
おわりに
・「総論」(PDF)
【各論】(神野正博執筆分の第1章のみ紹介)
世の中デフレの時代だ。物の値段が下がり、給与所得も下がろうとしている。また、診療報酬改訂で医療機関の収入もデフレ基調となった。
100円ショップや衣料品、電化製品などデフレを引っ張ってきたものは、いずれも海外の安い労働力をはじめとしたコスト削減と画一的大量生産によるものであった。一方、ハイクオリティーを標榜するホテルやブランドショップは高い値段を設定しデフレとは関係がない。五つ星ホテルは、徹底した個別対応によって顧客の満足を追求している。ブランドショップもまた高級感と希少性ともに、質での安心感で顧客に迫っているのである。
顧客は医療においても、大量生産と画一的なサービスを求めるのであろうか?ここで受益者にとっての医療費は自己負担増という「値上がり」=インフレベクトルがかかっていることを忘れてはならない。したがって、受益者は、高コストに見合う個別対応とブランドを求めているものと考えなければならないだろう。医療は今後テーラーメイド医療へと向かうという。それは個人の遺伝子やタンパクの発現の特定によって、個人対応の予防・治療を行う医療であるという。ただ、その前に個人のニーズに応え、それを満足感に変えていくという個別の対応が求められ、それこそが患者にとっての「医療の質」の大きな要素を占めるように思わる。
個への対応、質の確保と医療機関にとっての医療費デフレ…この二律背反のなかで、いかに対応していくかは、一般企業以上に厳しい問題となってきた。医療機関は今まで以上に知恵を絞らなくてはならない時代を迎えようとしている。
人類は、歴史上新たな開拓地(ニューフロンティア)を求めて、その富により進歩してきた。アフリカであり、アメリカ大陸であり、近くはアジアの植民地であった。その後、アポロ計画などで月にフロンティアを求めたものの、その開発過程でITによるサーバースペースという大きなニューフロンティアが見出され、世界はそこで新たの富を創出している状態であると理解できる。
今後、デフレ下における医療費拡大の望みは現実的には厳しい状態にあることはいうまでもない。医療機関にとっての、新たな富を創出するニューフロンティアが存在するのか?平成12年から施行された介護保険制度は一つの場を提供してくれた。また、新たなニューフロンティアとしてサイバースペースが存在する。その両者を継げる取り組みとして当法人では32の介護保険事業部門をオンラインで管理するコールセンターを立ち上げてきた。しかし、一般的にITから収益を得るモデルは材料や薬品などの仕入れ、コスト・在庫管理面に絞られる。その他の安全や情報共有、情報開示は質の面のみの改善に伴うものである。
これからも、医療機関はニューフロンティアを求めて新たな航海に出る必要がある。病気を作らない創健・予防医学であり、医療関連サービスへの進出であろう。病院という安心のブランドを核としての事業を捜し求めなければならない。
病院の経営と一般企業における経営の最も大きな違いは、公的病院と私的病院が、まったく同じ健康保険制度のうえに成り立ち、その上で公的病院に対しては多額補填と補助金の注入がなされ、しかも免税措置がとられていることである。したがって、従来公的病院においては経営能力の如何に関係なく、また市場原理がかかわることなく、その存続が図られているのである。実際、平成6年で、約1兆1,500億円の公的資金が国公立病院に注入されており、この数字はその後増加しているに違いない。
今後独立行政法人化が図られることによって、公的病院であってもその経営能力を問われてくるものと予想されるが、すでに、いわば駆け込みとも見られる施設の整備が多額の公的資金の注入と債務保証の元で進められている。優位なスタートラインからの出発のために画策している現状が見受けられる。
このような背景の下、郵政や道路公団論議と同様に公的病院の市場原理に基づく運営と民営化論議は医療費の適正化の面からも机上に上げるべきであり、その受け皿の一つとして株式会社の参入もありえると考える。
医療においては医師と患者との間のパターナリズムが問題となる。同様に病院組織においても医師を頂点とする経営者とその他の職員間では、一般同属企業以上のヒエラルキーが存在する。この部分を見直すことが病院組織の改革に必須であることを明記しなければならない。
2-1組織の再構築( Re-structuring )をしたか
病院機能、病棟機能、あるいは各診療科や診療部門の機能とその役割を明確化する必要がある。同じような機能を重複して行っている部門があるならば、再編の適応となろう。
また、今後の医療制度改革は諸外国との比較のもと(「総論T.基本認識」参照)、一般病床の削減圧力が必至である(図表1)。その中で機能別のフォーカス・ファクトリー化、センター化や分離・分院化の道を模索していかねばならない。
図表1:我が国の急性期病床の将来数試算
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試算A |
試算B |
試算C |
試算D |
試算E |
試算の考え方 |
現状の入院受療率を基礎とした受療率見込み及び将来人口により試算 |
先進諸国における全病床数に占める急性期病床数の割合により試算 |
先進諸国における人口当たりの病床数により試算 |
現状の入院回数を基礎とし、平均在院日数を15日として試算 |
現状の入院回数を基礎とし、平均在院日数を10日として試算 |
病床数 |
100万床 |
60万床 |
50-60万床 |
63万床 |
42万床 |
試算A:「日本の将来人口推計(平成9年1月推計)」による2015年の年齢階級別人口及び同年の年齢階級別受療率推計(1996年の受療率に基づき後期高齢者(75歳以上)の受療率を現状と同一と推計する等)から試算数
試算B:全病床数における急性期病床の割合及び医療施設の病床数(介護老人保健施設及び特別養護老人ホームの入所定員を含む)により試算数
試算C:OECD先進諸国の人口1000人当たりの急性期病床が4〜5床であることから、それに2015年の日本の人口をかけあわせて試算数
試算D:療養型病床群等を除いた一般病床における3か月以内の入院患者から算出した性年齢別人口当たり入院回数、及び2010年の将来人口を基に、平均在院日数を15日として試算数
試算E:試算Dで、平均在院日数を10日として試算
(出所:厚生労働省「医療提供体制の改革の基本的方向」(平成14年8月)より)
2-2業務の改善( Re-engineering )をしたか
多くの病院は公的、民間を問わずもともと個人商店的な小規模診療所を設立母体とする。したがって、各々の病院業務の流れは、歴史的、経験則的背景の下できわめて独自色が強いものとなっている現状にある。その中で、新規業務が発生すれば、セクショナリズムが阻害要因となることが多い。すべての業務をゼロから見直し、業務にかかわるミッションと職制のミッションを明確にすることで、業務の非効率性を見直す必要がある。
2-3合理的( Streamline )であるか
業務の改善や目標の管理、さらにその実行においては、非合理性を排除しなければならない。病院はカリスマ的指導者の「天の声」に左右される組織実態から決別する経営形態をとる必要がある。
2-4予算・計画に一貫性があるか( Integrated Health Planning )
戦略なき組織運営は破綻をきたすのは、日本経済の実態を省みれば自明であり、病院という組織の運営においても計画性とそれを実行するための予算的措置を確立する必要がある。予算の作成にあたっては、トップの方針決定と、それを落とし込むための各部署における実効計画の策定が求められる。
2-5効果の監視( Monitoring )と評価( Evaluation )は行われているか
前述の実行計画に対する効果と進捗状況の監視システムの確立と、その評価は実行計画を見直し修正するためには必須事項である。
2-6職員の人事管理がなされているか( Personnel Management )
病院は一般企業に比し、資格を有した専門職の集団であるという組織特異性がある。そこでは、医師をはじめとして専門職の病院帰属意識に乏しく管理上の問題となることが多い。しかし、人事管理ができてこそ組織であることを忘れてはならないだろう。
2-7ネットワークができ、情報管理がなされているか( Network & Information:
IT )
厚生労働省による「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」における「電子カルテ」導入病院数の数値目標である「06年度に病院(400床以上)と診療所にそれぞれ6割以上の普及」が注目されている。しかし、病院における情報化は電子カルテ部門にとどまることはない。むしろ、診療記録を電子化することは多くの情報化推進策の中で1部門にしか過ぎないことを銘記すべきである。
すなわち、患者の視点においては多施設のネットワーク化による情報管理・情報共有であり、働く職員にとれば、病院における数多くの職員の持つ経験知や暗黙知を表出化した(ナレッジマネジメントの場としての)情報共有であろう。さらに、病院経営の視点に立つならば、ITが最も得意とするであろう物品管理・物流管理部門のシステム化になろう。先に述べたように、この部門のシステム化は病院において、唯一導入効果を金銭的に計れるものであり、それが医療の質のためのIT化の原資となりえるものであろう。
病院改革を論ずる際の最も阻害要因は地域特異性にある。一般に病院の顧客のほとんどもまた、一般企業以上に地域限定であり、いわば病院はきわめて地域密着企業であるといえる。
そのような中で、病院改革の工程に一般論は通用しがたいと言える。そこで、図表Uのようにビジネスモデルとして各病院の特徴を整理してみたい。それによってその病院の目指すマーケッティングの対象と方法が明らかになり、改革が進むものと思われる。
図表2:医療機関のビジネスモデル例
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外部環境 |
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戦略策定プロセス |
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病院・診療所 |
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入院診療 |
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患者 |
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? |
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施設 |
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外来診療 |
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中核業務プロセス |
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救急 |
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要介護者 |
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・予防、医療、介護サービス提供プロセス |
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大学医局 |
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在宅医療 |
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従業員と家族 |
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・患者獲得プロセス |
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地元企業 |
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介護サービス |
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企業 |
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健診・健康管理 |
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院内資源マネジメントプロセス |
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業務依頼先 |
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地域社会 |
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・情報システム
・施設・設備 |
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仕入先 |
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紹介先機関 |
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・会計・財務 ・医療用資材 |
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地方自治体 |
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地方自治体 |
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・人的資源 |
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病院団体 |
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ビジネスプロセス |
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提携 |
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コアサービス |
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顧客 |
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←← |
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すなわち、外部環境として医療政策から、地域の規制、人口動態、疾病構造、金融環境、経済環境、さらに競合医療機関などが影響を及ぼすことになろう。顧客を抽出し、コアサービスを明確化することに加え、提携機関との協力を模索し、ビジネスプロセスを工夫・創出し、その各々に明確な戦略性を持たせていくことで各病院のマーケットに対しての関わりを創り出していけるものと思われる。
一般企業における先進的な成功事例をベンチマーキングし、医療分野への落とし込みを図ることは、有意義であり、かつリスクの低減が図れるものになる。
1-1 物流管理は新規事業の原資
既にカンバン方式と呼ばれる生産管理手法やコンビニエンスストアにおける物流管理の成功はいずれも川下から川上までの生産管理と在庫管理( SCM: Supply Chain Management ) の賜物であった。これらにITは必須となる。医療分野においても、SPD( Supply Processing Distribution )と呼ばれる医療材料や薬品の管理手法はSCMのベンチマーキングから生まれたものであり、病院におけるコスト管理の原点となる手法と位置付けられる。これらは、コスト管理面ばかりではなく、材料や薬品を使用される患者と使用する職員、医療材料・薬品そのものを関連付ける事によって安全管理面で応用がなされてきている。しかしながら、先にも述べたように、新規事業の原資としての物流改革に意義が最も見出されると思われる。
1-2 規格大量生産から個へのシフト
実際、古来より医療は患者の訴えや症状にあった治療手段を旨としてきた。しかし、安全管理や標準化という視点でマニュアル化、画一化が進んできたのも事実である。個別対応は医療に最も望まれるものである。古来の医師のアート的な個別対応から、ITを駆使して個人情報を網の目のようにリンクさせ患者との関わり図っていく必要が出てきた。
サーバースペースを中心にCRM( Customer Relationship Management )の考え方が発展してきた。すなわち、優良顧客にはより多くの接触機会をもち、個別の商品・サービスを勧めていく考え方である。
私の経営する法人における医療・介護分野・病院物販部門のコールセンターは32の事業所全ての利用者で共通のものであり、コールセンターでは利用者の制度をまたがる情報や地域をまたがる情報を縦横にリンク付けて管理することができる。これによって、より強固に患者・利用者との連携を深めていくことを目的としている。さらに、医療分野においても、マイレージシステムのように従来タブーであった優良顧客、優良家族に対してより多くの機会を創り出し、しかもワンランク上のサービスを提供していくといった考え方も必要な時代であると認識したい。
1-3 ブランドマーケッティング
病院という強力なブランドエクティ(資産)を有効に利用すると共に、よりエクティを増やしていくような戦略をとる必要がある。病院から来るブランドイメージは「安全・安心」につながっていくものであろう。そういった意味で、ブランドイメージのためのCI、広報部門の強化と、ブランドイメージを利用した医療関連サービスや物販もすすめていく必要があろう。
先に、病院改革におけるビジネスプロセスの重要性と成功事例の導入の必要性を述べた。しかし、医療機関としてこれらのプロセスの具現化を拙速に行うすべを知らないという現実が存在する。 ノウハウを蓄積した企業、あるいはそのような企業との橋渡しをしてくれる企業との連携は必要条件ということになろう。医療機関側にはあくまでも、Win-Winの関係を前提にすることが望まれ、企業側には右表に示すように、単に医療・福祉産業は成長産業かもしれないから参入するといった動機から、自社の英知を結集する気概でことに当たっていただくことを望みたい。 さらに、医療機関側は企業との間の共通言語の整備を図っていく必要がる。すなわち、会計基準の共通化や資産や損益情報の相互公開などである。それによって、プロセスの具現化から、さらに資本上の連携や資金調達の多様化が進められるものと思われる。 |
図表3 e-partner企業の条件 ・electronic :電子化
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表題のニューフロンティアは医療関連サービスへの医療機関側からの参入にあるように思えてならない。病院という(救急・先端医療を担う病院であればなおのこと、)強力な安心のブランドを最大限に利用したサービスの幅における取り組みとなろう。
介護保険における在宅看護、介護に24時間体制でサービスを提供しうる病院ブランドは何よりも患者・家族の安心感の基礎となることはいうまでもない。さらに、「医師が選ぶ・・・」「ナースの選ぶ・・・」「作業療法士が作った・・・」から「病院管理栄養士がつくる・・食」などがあり得るであろう。また、複数の病院の機能を集約するようなIT(電子カルテやASP)事業、レセプトに関わる受託業務、検査受託業務、セントラルキッチン業務、さらには人事管理業務などまで対医療機関や対行政機関などへの自院の成功事例を売り込み、そこから収益を発生させるような取り組みが求められてくると思われる。