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未来は突然襲ってくるものではない
変化の前兆を自院の戦略に反映せよ

提言:病院の組織改革を実践して

月刊「Phase 3」(日本医療企画) 2001年8月号(No.204)
特集:規制緩和の行方を探る〜もはや医療は“聖域”ではない〜


特集目次

オピニオン

提言

   特別医療法人財団董仙会恵寿総合病院 理事長・院長 神野正博

資料

   経済財政諮問会議「骨太の方針」から

特別寄稿

   メディカルクリエイト代表取締役社長   遠山峰輝

(詳細は本誌をご覧ください)


 現段階では、混合診療、営利企業の参入などの規制改革が具体的にどこまで進められるかは不明だ。しかし、医療機関が新たな市場での競争を強いられることに間違いない。董仙会恵寿総合病院は一昨年、特別医療法人の認可を受け、院内に24時間営業のコンビニエンスストアや露天風呂などを設置、電子クリティカルパスの導入などにより、患者サービスの向上を図るという、先進的な病院経営に取り組んできた。規制改革の流れの中、病医院経営者はどのような展望に立ち、同方策を問っていくべきか−。同法人理事長神野正博氏の考えを紹介する。


「よくなる」と信念のもと
断固として組織改革を実行

 前内閣においても構造改革に関する議論はなされていた。しかし、小泉内閣の「聖域なき構造改革」路線により、一気に構造改革論議が噴出してきた。構造改革はイコール規制改革であるという点は異論の余地がない。いうまでもなく、構造改革とは、政府の、社会の、そして病院の組織を変えることであるということである。さらに組織とは戦略を実行するための手段である。したがって、戦略なき構造改革論は、いたずらに混乱を招くだけであるということを確認しておきたい。

 改まって振り返ると、われわれは「業務の削減」あるいは「患者サービスの向上」といったような戦略のもとで、病院の構造改革を断行してきた。しかも、「どうやるか」を悩むことなく、「よくなる」との信念のもとで実行してきた。当然、その過程で既得権や業務範囲の変更が伴うことになる。反対論者に対してトップダウンの手法で実行してきたことは事実である。しかし、結果として業務フローの改善を見、患者からも支持されてきたのである。ここ数年の間に当院では、診療材料のSPD化、検査システムの見直し、薬剤のSPD化、オーダリングシステムの導入、関連施設間のオンライン化 (wide area network)、電子クリティカルパスシステムの導入などで業務改善を見、また、コールセンター設置、24時間営業のコンビニエンスストアの誘致、特別医療法人の営利事業として健康福祉ショップの設置などをとおして、患者サービスの向上とともに、CRM(customer relationship management)の手法を取り入れてきたのである。

 これらの実践から、われわれは断固として行い、それを断固として信じれば、自ら「証」が現れるということを学んだ。

規制改革は医療費抑制に対する
インパクトの大きいものから進む

 医療制度の構造そのものには、以下の問題点が内包される。

 このような中で構造改革が論議されていることは周知のとおりである。ここで、内閣府の総合規制改革会議における論点案にそって、表で医療機関に関係する点を整理してみた。さらに、私見ながら、それらの論点に対して特に医療費抑制の観点から緊急度・難易度・影響度をスコア化してみた(表参照)。

 ここで、緊急度・影響度が高く、難易度の低いものから改革をすすめていくというのもひとつの手であるように思う。一部の項目について私見を述べていく。

1)診療報酬体系の見直し(DRG・PPS)

 急性期医療のDRG・PPSに困難を伴うことは自明である。慢性期医療への導入は、すでに介護保険制度や療養病床に「まるめ」として導入されているといっていい。さらに第4次医療法改正で病床区分が明確化されてくることを考えると、自ずと慢性期医療は定額払いとなってしまい議論の割には、影響度は少ないものと思われる。

2)レセプト・カルテの標準化と電子化

 現状におけるレセプトの審査は、その診療報酬上の解釈をめぐって都道府県ごとに大きな相違が認められる。厚生労働省が診療報酬上のロジックを電子化することによって病院・支払い基金側の業務は大幅に削減されることになり、労務費の点で医療費におけるインパクトは大きいものと思われる。

3)医療機関の経営形態(株式会社参入)

 医療提供者が競い合うという点では大いにインパクトがあると思われる。しかし、こと医療費に影響を与えるかという点では疑問をもたざるを得ない。そもそも、株式会社の目的は「株主の利益を確保する」ことに尽きる。そのためには、利益を少しでも多く株主に配当することがその使命となる。そういった意味では、決して医療費に対してインパクトを与えるものではないと思われる。

4)混合診療

 公的医療保険制度の守備範囲の見直しが必要であろう。相互扶助である保険制度は、「必要な」医療のみを提供し、それ以上の「欲求・欲望」にかかわる医療は自費とすることや、医療保険を利用しなかった場合のインセンティブの提供(医療貯蓄)などが問題となる。生命・健康に関する以上、利用者はより高度な措置を求める心理が働くとすると、これらは実質的な自己負担の増額に他ならない。さらに、この部分に当然予想される民間保険の参入もインパクトを与えることであろう。

5)国立病院の合理化・医療機関機能分担

 国立病院のみならず公立病院が政策医療にかかわっている件数は極わずかである。さらに、平成7年のデータによれば、国公立病院へ1兆3000億円程度の補助金が投入されている。この分野の合理化は医療費には計上されていないものの構造改革へのインパクトはきわめて大きいものと思われる。

6)医療材料等に関する内外価格差

 医療材料ならびに薬品の流通や制度は、薬事法や公正取引委員会を含めて改革の余地の大きいところであろう。実際、薬品や材料メーカーの経常利益率の高さは他の産業と一線を画す。さらに、海外の医療材料メーカーにおける利益の1/2程度は日本市場からであるといったデータもある。医療機関は単に医材価格の通過点に過ぎないわけで、そういった意味では大いに見直す価値があると思われる。また、一般産業では、工場から小売までの一気通貫を目指したSCM(supply chain management)の考え方が隆盛を極めている。このような手法の導入はその価格に大きなインパクトを与えるものと確信する。

7)自己負担の増額

 特に高齢者医療制度は日本医師会、経団連・日経連、健保連、連合、国保中央会などから各案が出され、議論の渦中である。いずれにしろ、公費負担の範囲とセーフティネットが問題となる。

***

 医療業界のみの理論で医療費の高騰を甘受するわけにもいかない。われわれ医療機関は、これらの構造改革論議を冷静に見守りながら、いかに「したたかに」自院の生き残り策を模索していくかが課題となっている。冒頭で述べたように、考えるだけで実行に移さねば前に進まない。そして、変化の前兆を自院の戦略に迷わず反映していくことが重要であろう。未来は突然襲ってくるものではない。

 「すでに起こった未来を見つけ、その影響を見ることによって、新しい知覚がもたらされる。革新的な技術の最初は、多くの人間が気が付いてない、また無視しようとするたわいもない、あるいは信じられないことから発生している」( P.F.ドラッカー )


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