医療経営Archives

経済教室

社会保障改革の視点

日本経済新聞朝刊 1998年10月27日−29日(3日間連載)

registration date: 1998.10.29


10月27日号:年金・医療・介護、総合調整を

京都大学教授 西村周二著

(要約)

  1. 社会保障改革は、年金、医療、介護などが個別に議論されつづけてきたために全体像がみえず、国民の不安が募っている。包括論議は急務だ。
  2. その際の基本は「最低生活保障」という原点への回帰と、経済情勢の変化に柔軟対応できる仕組みを横断的に整備することである。
  3. そのために年金に関しては報酬比例部分を積み立て部分と景気に応じ負担・給付が伸縮する調整部分に分割すべきだ。年金と医療とでは負担が膨張する時期にずれがあり、それらを見据えた総合調整が重要だ。

(内容の一部)

日本に社会保障は従来、「最低生活保障」という観点からは、年金と医療とでかなり異なって発展してきた。
公的年金の場合は、基礎年金部分にみられるような所得再配分機能だけではなく、能力に応じて多く保険料を支払ったものが、老後に多くの給付を受け取るという形態で発展した。セーフティーネット(安全装置)という本来の発想が希薄なのである。
他方、医療の場合は負担と給付に若干の格差があるものの、保険料の支払額にかかわらず、だれでもほぼ平等に同じ給付を受けられるという形態が維持されてきた。「能力に関係なく同じ給付を」という発想は、明らかに年金制度のそれとは異なるのである。
したがって社会保障のスリム化を目指すために、伝統的な社会保障感から直ちに思い浮かぶ改革案は、年金の報酬比例部分を削減し、医療給付は削減すべきでないということになる。それがセーフティーネットの維持という社会保障の第一義的な目的にかなうからである。
しかし事態は少し複雑で、総合的な調整が求められる。「最低限の生活保障」以上のことを引き受けてしまった社会保障をスリム化するには「いつ、どのように年金・医療・介護の組み合わせを削減ないし拡大するか」という時期と量の均衡が重要なのである。
(中略)
年金、医療、介護の給付が急拡大する時期にはずれがある。負担増大が深刻化する時期は医療の2010年以降に対し年金はその前である。この違いは年代別に見た給付の膨張が医療で70歳代、年金が60歳代で始まること、そして団塊の世代がそれらの年代を迎える時期に関連している。
したがって、こうした各制度の特徴を考慮しつつ1)団塊の世代から年金給付を削減する、2)老人保健の受給開始年齢を2010年にかけ現行の70歳から75歳に引き上げる−−などを含め、給付の組み合わせを設計していくことが欠かせなくなってきた。

10月28日号:財源、消費税に部分移行を

一橋大学教授 鴇田忠彦著

(要約)

  1. 社会保障の根幹である年金と医療の制度改革では、従来の賦課方式に傾斜した制度の改善が急務だ。
  2. 持続可能でスリムな制度を構築すべきで、基礎年金は拡充する一方、厚生年金は将来私的年金に移行させる。接点の多い医療と介護も長期的に統合を目指すのが望ましい。
  3. 財政問題では現行の社会保障負担は過重。消費税を目的税とし、基礎年金と介護保険料、老人保健への拠出分をそれに移行すべきだ。現状の消費や給付状況を前提にした場合は、約8%が見合う税率となる。

(内容の一部)

医療でも賦課方式的な要素は強い。厚生省のおおまかな資料では、国民の生涯の平均的な医療費は1,700万円であるが、60歳までに支払う医療保険料は840万円で、それまでに保健で受給する医療費は480万円という。現役世代の医療保険の支払超過分と、彼らが主として支払う一般税で、医療需要の高い高齢世代の医療費を賄っている。介護保険も受給者は主に高齢世代だから、医療よりもはるかに賦課方式的な要素は強くなる。
そこで現状の賦課方式を改めて、どのような社会保障制度をデザインすべきか。今後の少子高齢者会と低成長の時代に耐え得る、持続可能でスリム化した制度が望ましい。政府の介入する部分を現在より縮小し、社会保障本来のセーフティーネット(安全装置)は堅持しながら、個人の主体的な自己責任の部分を拡張すべきである。
自営業種は基礎年金だけの公的年金で、厚生年金を受給する給与所得者と比べてもそん色ない老後を送っている。基礎年金の位置づけを拡充の方向で見直し、長期的には公的年金として一本化し、厚生年金などは段階的に私的年金に移行させるのが望ましい。
さらに医療や介護の基礎的な部分は区別が難しいが、少なくとも室料や食事量は基礎的な部分でなく、保健の対象が意図すべきだろう。公的保障は持続可能かつ必要最小限にとどめる必要がある。
(中略)
消費税は所得逆進的と批判されるが、所得補足が不透明な所得税や、基礎年金の定額の社会保険料に比べどれほど逆進的だろうか。さらにその使途を社会保障に限定すれば、逆進性は相当薄まるのである。
消費税で賄う利点は多い。所得のない学生からの保険料徴収は不用になる。現在彼らからも徴収しているために、3割以上が不払い(免除者を含む)の基礎年金の破綻は回避できよう。
介護保険や高齢者医療も、その急速な負担増加により同様の事態が予想される。高齢者にも応分の負担を願える消費税は、今後の社会保障を存続可能とする適切な財源である。
欧州の多数の国も目的税として付加価値税を採用している。景気の現状から、消費税の税率引き上げは短期的には困難としても、長期的には高齢社会を乗り切る現実的な選択肢である。安易に問題を先送りして将来世代につけを回すのではなく、国民的合意に向け議論を急ぐべきである。

10月29日号:目的消費税化は「積立型」で

大阪大学教授 八田達夫著

(要約)

  1. 社会保障の財源は、基礎年金を突破口に、消費税を目的税化して賄うことが考えられる。
  2. 今出ている消費税への移行議論は、毎年の必要給付額に見合った税収の確保だけを念頭において税率を調整するという賦課方式の発想であり、将来負担を膨張させるだけだ。
  3. そこで例えば基礎年金の財源を賄う場合に、目的消費税の税率を長期間、現状の消費税率程度の水準に固定すべきだ。それは積立方式を意味し、当面税収が給付を上回って、将来に向けた蓄えが可能になる。

(内容の一部)

国民年金に関する「年金離れ」が言われて久しい。国民年金の被保険者の3割以上が国民年金保険料を払っていない。現在の保険料の形では、これを払わせることができない以上、国民年金料は廃止し、年金目的税によって基礎年金全体を賄うべきであると主張されてきた。当然だろう。
ただし、年金目的税としては、消費税ではなく、個人所得税を充てるべきだ。日本の平均所得税収の対国内総生産(GDP)比率は経済協力開発機構(OECD)のうちの先進20カ国中最低である。最下位であったフランスを95年に抜いてしまった。日本の比率(6.1%)は各国平均(12%)の半分でしかない。しかも日本では、個人所得税の国税にしめる割合自体が低い。米国の70.4%に対し、日本は35.1%である。だから日本では、高齢化向けの財源として、累進的な所得税を充当する余地は十分ある。
しかし、消費税をなんとしてでも維持しようというのであれば、次善の策として現行の5%消費税を基礎年金のための年金目的税に衣更えすることが考えられる。基礎年金に見合った税率は、ほぼ5%だからである。その場合、国民年金保険料を廃止し、厚生年金保険料を基礎年金分だけ引き下げることになる。
(中略)
保険料や税の引き上げは、景気対策に反するといわれる。しかしそれは、年金財政の健全化を怠る理由にはならない。
景気対策は、長期的視点から構想された社会保障改革を前提にして立てるべきである。

すなわち、年金などのための負担増が現在必要ならばそれを相殺してあまるほど大きな額の減税を、国債を発行して行えば景気対策と両立する。あるいは、景気対策のために、保険料率を長期的観点から決まった水準より一時低く押さえる必要があるならば、その間の保険料の不足分を国債を発行して一般会計から年金会計に補てんすべきだ。
そうすれば、年金財政の健全性維持のために不況時に発行した国債額が明確になり、次の好況時には償還に必要な増税や公共支出の節約の目標が定まる。
反対に、不況対策を口実に改革を先延ばしすると、次の好況時の節約の基準がなくなってしまう。年金への信頼は完全に失われる。
高齢化時代に向けた社会保障制度改革の突破口は、積立方式に基づいた基礎年金目的税の新設である。そのためのカギは均衡予算主義からの脱却である。

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