医療経営Archives

論壇:世界に誇れる介護制度へ再論議を

瀧澤仁唱著(朝日新聞 1996年10月25日朝刊)より

registration date: 1996.11.11


先の国会に提案が見送られた介護保険法案が総選挙後、国会で論議される見通しだ。法制化に向け9月に菅直人厚相がドイツを訪れた。4月の老人保健福祉審議会最終報告にも「わが国に先立って介護保険制度を導入したドイツ政府の責任者と意見交換をするなど、内外を通じて幅広く意見を聴くことに努めてきた」とある。だが、報告はドイツの介護保障法制を理解し、参考にしたとは思えない。5月に出された厚生省試案と、その後に示された法案は、この根幹さえ無視したものになった。私は昨年9月から1年間、ドイツで障害者及び老人福祉法制を研究してきた。日本の問題点をあげ、介護保障性どのあり方について述べてみたい。

第1に、ドイツの介護保険は要介護者を支える重要な柱であるが、これだけでは十分ではないという認識が日本では欠けている。

昨年4月からの在宅用介護者に月額最高約27万円分、今年7月から施設入所者に同24万円分の介護サービスが支給されるようになった。しかし、老人ホーム責任者と日本の調査団とが話し合った再に、ホーム責任者が介護保険だけでは足りないと語っていたことに注目すべきである。ドイツでは不足分は社会扶助で上乗せする仕組みがあるが、日本はどう補うつもりなのだろう。

第2に、ドイツでは、無収入や低収入の被扶養者は保険料支払いが免除されるとしても、原則的に全国民が保険加入者となっている。各人の総収入の0.85%が保険料として徴収され、要介護状態になると年齢に関係なく給付が受けられる。

給付開始が65歳で、老化を原因とする要介護者に限って40歳から給付が受けられるとする法案をドイツ人に理解させることは不可能だった。

第3に、最も重視されるべき要介護者や介護者、保険料負担者の意見が十分には反映されていない。

ドイツでは家族が介護した場合、年金で有利な扱いを受け、介護がもとで起きた腰痛などの傷病は公的傷害保険で保障されるなど介護家族に配慮した制度が導入されている。そんな点は無視して、ドイツでも女性の親族が介護しているケースが多いことだけが強調されたように見える。

第4に、日本の社会保障制度全体に各制度や機関が連携して障害者のニーズを満たすという視点が乏しく、その欠陥が地方自治体と国の財源負担のなすりあいという形で露呈した。

「豊かなはずの国・日本」のイメージが世界的に損なわれたことに関係者は思いが至っていない。
ドイツには「可能な限り早く援助する原則」がある。障害者となった者に、できるだけ早いリハビリと社会への参加・統合が図られ、介護を要する障害者に介護保障がなされる。社会扶助や種々の法による手厚い介護保障給付が前々からあった。介護保険で介護保障が初めてできたわけではないのである。

第5に、個人の費用負担額に関する各種の提案は不信を招くだけである。

月収30万円の人で2550円の保険料を払うドイツに比べると、厚生省のいう月500円は低すぎる。給付件数が限られたり、額が少なければ、保健の意味はない。

第6に、不服申立制度が厚生省の修正試案で初めて提案されたが、機能するだろうか。

ドイツでは要介護状態の等級の認定をめぐってトラブルが絶えない。不服申立制度の上に社会裁判所があり、社会保障にかかわる提訴が1年間に20万件前後ある。数件しか提訴できない日本の法律や裁判制度の欠陥を考えると、保険だから権利が実現できるという一部の人の主張は楽観論以外のなにものでもない。

ドイツでは介護保険の導入過程で法案を利害関係者や各種団体に提示し、20年かけて論議してきた。政党も明確な態度を示し、国民に賛否を問うた。それでも問題は山積し、不服申立てや提訴が相次いでいる。

今回の総選挙では、介護保障制度をつくるどころか介護保険の問題点さえほとんど議論されなかった。広範な国民的議論を経た上で、だれもが受け入れられ、高齢化社会へ向かう世界に誇れる介護保障制度を「豊かな国・日本」で早急につくることを訴えたい。それが最長寿国である日本の世界に対する務めでもある。

瀧澤仁唱(たきざわ ひとひろ):(桃山学院大教授・社会保障法=投稿)


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