|
まず現行の薬価基準と薬剤定価・給付基準について少し説明したい。日本の国民医療費は現在年間約30兆円に達し、高齢社会の進行につれて老人医療費が急速に増加し、少子化とともに現役世代の負担を急増させる原因になっている。
国民医療費の内訳では薬剤費のシェアが高く、近年低下傾向にあるとはいえ、相変わらず他の先進国に比べてなお高い水準にある。今回この制度を導入するのは、薬剤費を通じ全体としての医療費の抑制が目的であり、高齢者医療や診療報酬の見直しと並ぶ改革の柱である。
過去半世紀にわたり薬剤の価格は、厚生省が「類似薬効方式」をとり、薬価基準として公定してきた。薬価基準の市場価格の差は薬価差益で、医療機関の利益になっている。診療報酬が出来高払いだから、医療機関は薬剤を使うほど収入が増える仕組みで、これが「過剰投薬」の原因である。
さらに製薬企業は薬価基準で優遇されるので、新薬には違いないが、それほど画期的ではない「ゾロ新」と呼ばれる薬の開発にシフトしてきた。その結果、最近やや改善されたが、他の製造業と比較してその国際競争力は、規制で保護される産業一般の常として、まだ低い。
薬価定価・給付基準制では、先ず多数の薬剤をその薬効・薬理作用によって、例えば胃潰瘍に効き目のある「H2ブロッカー」という薬を集めて、同一のグループとして分類する。そしてそれぞれの価格をその販売シェアで加重平均して給付基準額を決定する仕組みである。
問題はまず、このとき特許品と後発品を区別せずに同一のグループとすることにある。この基準額を超える価格の薬剤は、その超過した金額部分は自己負担となる。またメーカーの仕切り値を公表させ、それに政府が公定する物流経費率と損耗経費率を加えて薬剤定価とする。
もしあるグループの基準額が100円のとき、これよりも高い価格をつけるメーカーがあってその価格を150円としたとしよう。すると組合健保の本人ならば100円までは現行の2割の自己負担になるが、差額の50円は全額自己負担となり、自己負担の合計は現行の30円から70円になる。
この制度の導入に賛成の意見は以下に要約される。
給付基準制が導入されると、薬剤の需要は現行の生産量の下で、次のような特殊な形を取る。もし基準額よりも高い薬があると、医師はこれを勧めるにあたって、患者に説明しなければならない。患者の一部は納得するだろうが、同じグループには安い薬があり、かつ基準額の「突き抜け」部分は自己負担することになるから、大半の患者はこの薬を選ばないだろう。
したがって需要は基準額近辺でほとんど水平となる。基準額以下なら従来どおりなので、薬剤需要は非弾力的で垂直に近くなる。
こうした需要曲線に直面した製薬企業の対応は、収益最大化を図るならば、薬剤定価が基準額に一致する価格を設定するだろう。流通経費率が一定ならば、卸業者は価格が高いほど収益は大きく、そうした価格設定を容認するだろう。ただし流通経費率を医療機関の大小に関わらず一定とするのは、通常の取引実態を無視するものである。
こうして短期的には基準額を超える薬剤の使用が減少する一方、長期的には基準額を下回る薬剤の価格が上昇して基準額を収束し、そこで硬直的となる。
独では導入直後に薬剤費の上昇が抑制されたが、その後上昇が加速した。理由は以上のモデルで説明でき、それは参照価格の「一回限りの効果」と名付けられる。結局独では薬剤の予算制や患者の自己負担増などつか追加策の導入をその後余儀なくされたのである。
薬効・薬理作用が類似と判定されても、副作用や溶解の程度について、薬剤の品質は差別化される。パテント(特許取得)薬も後発薬も一緒にして加重平均して基準額を決めるこの制度では、そうして品質の相違を認めないことになる。
乗用車に例えれば、排気量2000cc以上については、安価な標準仕様車を含め加重平均で基準額を設定し、たとえ低公害車や燃費のよい車でも、基準額を上回れば自動車税を高くする、というのに等しい。
こうした乱暴な制度を自動車業界や消費者は容認するだろうか。なお独では後にパテント薬をグループ化の対象から除外した。極めて当然のことである。
この制度の下では、製薬企業は国内市場に限ればばく大な投資をして高い品質のパテント薬を開発する意欲を削がれ、後発薬にシフトしてもおかしくない。
現在提案されているグループ化は、患者に情報を与え選択の幅広げる効果を持とう。しかしそれは現行の薬価基準制度の下で行い得る改善である。これを進めた給付基準額の設定は、新しい制度的厄災を招くだけで、医療費の財政削減効果も期待できず、薬剤の質の向上どころか、むしろ民間企業の新薬開発にダメージを与えるものである。
さらにこの制度は規制の追加にとどまらず、時代に逆行する行政の裁量拡大を招くうえ、知的所有権の軽視にもつながる。国民医療費も重要な課題だが、それはこうした制度ではなく、医療機関が得る診療報酬の定額(予算)制の導入と、国庫負担を軽減でき医療全般にわたる患者の選択の幅も広げられる私的保健の有効利用(公私両保険による混合診療)など別の手段で解決すべきである。
そしてそうした抜本改革に時間がかかるなら、経過措置として現行の薬価基準制度の中で薬価に与えられている変動幅(R幅、妥当と考えられる医療機関のマージン)を有効利用すればよい。この幅を現在の8%から5%以下に下げれば、医師が妥当な利益を確保しつつ患者に安い薬を勧める動機が生じよう。
これはR幅に数値目標を与えることに等しい。そして、そのR幅での薬価を上限価格とし、それ以下での取引は自由化すればよい。
また一気には無理だとしても、その幅がゼロになれば薬価差は解消する。薬価形成が競争的になるためのプロセスとして薬価基準の発展的な解消が求められる。逆に参照価格制には、こうしたプロセスが存在しないことを明記すべきである。