飛騨に生きる人々と技(7)
バンドリの仕上げ
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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バンドリの仕上げ

 四月初旬に、高山市江名子のバンドリ制作者、藤井新吉さんのお宅を訪ねたとき、藤井さんはバンドリの仕上げの工程を見せてくれた。仕上げの工程は大きく二つのプロセスからなる。一つは「クビオリ」といって、黒紐で二つの部分に分けられた一枚の大きな藁編み物であったものを、その首になる黒紐の部分で二つに折り、太紐に織りとめてゆく作業である。太紐は麻の繊維と藁とを綯(な)って作ったものであるが、着衣のときにとめ紐になる部分は麻で、蓑をとめる部分は藁で綯われている。それは麻が高価だからということであった。
 その太紐を、ヘアピンのように二つに折り曲げて使うのであるが、「クビオリ」の作業はその先の輪になった方から始められる。始めに、太紐の輪の長さの適当なところで位置を決め、それを縁のところの藁でしっかりと縛りつける。それから首のまわりになる部分のシナノキの樹皮の薄片と藁を、少しずつ手にとって折り曲げ、二本の太紐に巻きつけ、織り込んでゆくのである。
 このとき、折られて太紐に巻きつけられる方の部分が、直接雨にさらされる外側の衣(ころも)になる。そして折り重なるところは当然二重の厚さになり、そこはとりわけ暖かく、また雨も通しにくくなるのである。
 また、このとき太紐に巻き込まれるのは、材料の三分の一ほどだけである。残りの三分の二は太紐には巻かれず、あらかじめ黒紐でとめられたところで、折り曲げられるだけなのである。そうして首まわりの適当な長さが保たれるのである。


 もう一つの作業は、「ウワオリ」といって、「クビオリ」で太紐に織りとめられた外衣部の藁を、襟を取り巻く同心円状の麻の黒紐できちんととめてゆく作業である。この作業では、始めに、シナノキだけで綯われた内衣部の縁の紐に麻の黒紐がくくりつけられる。そしてそれから、外衣の縁の藁を左縒(よ)り、右縒り、左縒りと互い違いに縒って三本のひも状になったものが、一寸洒落た飾りを兼ねて縁の補強になるように、黒紐で縛りとめられる。それから、外衣部になるシナノキと、藁のほぼ十二本を一束にしたものが、すべて拾われ、黒の麻紐でしっかりと縛りとめられてゆく。この十二本の藁一束というのは、三ミリほどの太さであり、この細さがこのバンドリのとても繊細な印象を作り出しているのである。そして最近の藤井さんの作では、この黒紐どめは、五段(五トオリ)なされている。


 藤井さんは、このバンドリがあったおかげで、江名子からは野麦峠を越えてゆく人がほとんど出ないで済んだ、と語っていた。野麦峠を越えて岡谷の製糸工場へ働きに出たのは、藤井さんより三才から十何才か上の、お姉さんにあたるような女性たちだ。藤井さんが「バンドリには恩がある」と言うとき、藤井さんの念頭には、そうした女性たちを含んで、江名子の村の多くの人々の生活のことが、はっきりと思い浮かんでいるに違いない。江名子バンドリやその継承に込められた精神は、人間としてとても重要なことであると思う。

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