分子レベルで起こる突然変異の大部分は、個体にとって有利でも不利でもなく、ほぼ中立です。中立説とは、この中立の遺伝子が進化を起こすという説です。
遺伝子と形態の関係が不明確であるため、分子レベルでは中立説、形態レベルでは総合説とすみ分けを行っています。
ここでは、遺伝子はまず自然選択ではなく偶然によって広がることになります。したがって、小集団や隔離が重要な意味を持ちます。
そのあとの中立の遺伝子が形態に有利に影響する過程で自然選択がでてきます。
この説明の欠点は、自然選択でなぜ中立の遺伝子が、有利な形質になりうるかということです。発見される正の自然選択は生存競争がなくなった場合ではなく、逆に、種が衰退するときに起こるものです。空白のニッチが正の自然選択を引き起こさないことは、オーストラリアで犬が野生化したディンゴが空白のニッチの中で種が分岐する方向ではなく、むしろ負の自然選択により種が統一化されたことからも予測できます。
羽が完全になるまでのコウモリは不利な状態と考えられます。不利な形質が自然選択をのがれる手段は何かが問題になります。
たとえば、形質が押さえられた蓄積した形質が、大きな環境の変化により、その環境では有利な性質になり、既存の形質が不利になり衰退していくときに、空白のニッチに広がるようなことが考えられます。
遺伝子の変異は必ずしも形態の変異ではなく、形態の変異が遺伝子の変異とも限りません。中立説は主に分子進化(遺伝子の進化)、総合説は形態の進化を説明しています。
遺伝子がタンパク質になるためには、DNA→(転写)→RNA→(搬出)→リボソーム→(翻訳)→タンパク質と多くの作業があります。
真核生物の場合、30億もある塩基配列のDNAのうち有効な部分は数パーセントしかありません。DNAから転写(DNAからRNAに情報が写しとられること)が行われるときは編集(スプライシング)が行われ、意味のある部分(エクソン)だけが転写されます。
それに、転写がされない場合も、転写され発現されない場合もあります。エネルギー生産、細胞骨格系などの重要な遺伝子は常に発現しますが、1度しか発現しない遺伝子もあります。
転写制御は多くの種類があり、ある遺伝子を発現させるためには、複数の階層で制御されていると考えられています。転写以外にも、搬出(RNAを細胞質に出すこと)、翻訳でも発現は調整されています。1つの遺伝子の働きが1つに決まっているわけでもありません(多面発現)。
このように、遺伝子の変異が形態の変異になるとは限りません。
また、形態が遺伝子に一致するとは限らないため、形態の自然選択は、遺伝子への影響が少ないことで、遺伝子と形態を分けています。
遺伝子の進化は、速度が一定です。異なる遺伝子では速度が違っても、特定の遺伝子では、どの種でもほぼ同じです(分子時計)。
たとえばヘモグロビンでは、「生きた化石」という何億年も表現型がほとんど変わらないものも、進化の速いものでも同じです。
形態では、種によって進化速度が大きく違います。「生きた化石」のように何億年も変わらなかったり魚から哺乳類のように非常に速いものもあります。
また遺伝子は、変化が保守的です。
重要な部分では、変異はありません。これは、負の自然選択によって排除されていると考えられます。
既存の機能や構造をなるべく損なわないように変化しています。重要でないと変異は多くおこります。
形態の進化では、役に立てば、なんでもよいのです。同じ羽でも鳥と昆虫とコウモリは別の起源をもっています(平行進化・収束)。