酒談義  ・・・・・・・・・  長い間の疑問が解決しました

 

初めて飲んだ「桑の都」が3年古酒でした。甘くてオレンジ色の日本酒を初めて見てから、一度どうして造るのかを聞きたくて仕方がありませんでした。
お酒の仕込みは、モトに蒸米・麹・水を加え、これを3回繰り返し、醗酵させますが、古酒を造る再は、最後の1回の水に変えて、お酒を加えて造るそうです。この様にして、造った酒を熟成させて独特の味を出したお酒だそうです。
利酒で戴いた「やわくち」は、どうして作るのですか。
お酒の度数が低く、11度〜12度の柔らかいお酒です。最近女性もお酒を好んで飲む方が増え、度数が低いお酒を要望されている様で、そのようなユーザーの為に開発されたそうです。アルコールの醗酵具合の調整で作るそうで、製法は特許となっているそうです。
お酒から出る酒粕は、最後はどの様に処理するのですか(最近、色々な業界で問題になる産業廃棄物の関係から、とても興味の有る問題です。)
酒粕として排出されるものは次の用途で完全に利用されています。

(1) 1/3は板粕として販売される。

(2) 1/3はわさび漬けなどに利用される。

(3) 1/3は樽に踏み入れて、味噌として利用したり、魚屋などの粕漬け等に利用される。

元々、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋戸に隠れた時、あめのうずめのみことがお酒をみなに振る舞った時代から、口噛み酒として未通女(おとめ)がお酒を造っていたのに、どうして日本酒造りは、蔵に女性を入れない事が風習となって来たのか。
ひとつに、女性の化粧や体臭がお酒に移るとも言われますが、本当は、蔵人がお酒を造る時は休みもなく、半年間前後、蔵の中に閉じこもります。そのような中に女性が入ると、微妙な味を追求する蔵人の気を乱すというところが本当の様です。
日本酒は一般的に澄みきったお酒ですが、いつの時代からこのようなお酒が造られているのか。
一般的には1590年頃、濁り酒に炭を入れたら偶然澄み酒が出来たとも言われる。但し、伊勢神宮1500年史にも澄み酒・濁り酒という言葉が出てくることから、かなり昔から澄んだお酒は、飲まれていたようだ。

江戸時代に、鴻池が四斗を一樽として江戸へ積み出したと言われており、これを期にお酒が広まったと考えられる。

botan4.gif (3348 バイト)