神奈川横浜 柳生流/制剛流 道場
柳生新陰流兵法 / 柳生制剛流抜刀

相雷刀八勢法

 相雷刀八勢法は、演武では数本を抜粋して披露するが、転の本源を表わす勢法である旨を「演武の際によく受ける質問」に書きました。同勢法は、入門するとすぐに教わり、上達した後も繰り返し稽古する、当流の基本の勢法です。
 相雷刀八勢法は現代剣道では上段の構えと言われる雷刀の位で使います。
 相雷刀八勢法は、
  1本目は、先を取って間に入って相手に切り出させての合撃(がっしう)ち、
  2、3本目は、先々の先で相手よりさきに斬り込み、
  4、5本目は、先で斬りに入るところを敵が応じてくるのに対して使う、、、
 という様に、8本で様々なパターンを稽古する様になっています。

 永禄6(1563)年、石舟斎は35才の時に流祖と試合をし、このあと石舟斎は流祖に入門しました。この試合の様子は『正伝新陰流』では以下の様になっています。

 「およそ四、五間の「立合い間合い」に立ち、伊勢守は右手でしないを垂れ提げたところから、左手を柄にかけて双手太刀になりながら、、、
  すらすらと仕懸けつつ、、、
  互いに打てるか、打たれるかの「間境え」に臨んで、伊勢守はまことに明らかな「間積り」をもって、
  前の右の足を静かに、わずかに、踏み出して、その間境えを「先に越し」て、、、
  但馬守(石舟斎)は、新当流の掟、中段の構えで太刀先を付け合せ、交刃した上で斬り相を始める、その習いができず、、、
  引き付けられる心持ちで居たたまらず、左臂をかけて左右両拳のあたりを払いうちに打ち透す太刀筋をもって、まさに打ち出そうとした刹那、
  間に髪を容れず但馬守の両拳を、浅くハッシと打ち付けられ、そのまま「位詰め」に「勝ち詰め」られた」

 「彼(伊勢守)の「表・裏の仕懸け」の先が、、、
  引き出されるとき、彼はわが太刀も、心持も、明らかに観てとって、それにつれ随って
  「表・裏の勝ち」を施す」

 転の本義は、向き合った瞬間から始まり、先の位で掛かり、敵を働かして勝つ、と言えると思います。
 相雷刀八勢法は「雷刀の本義」とも言われますが、これは転の本義と同じとも言えるでしょう。

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