「間合い」について
間合いの事を、当流では「水月(すいげつ)」と呼んでいます。
但し、一般には間合いとは"距離"の事を指していますが、「水月」は物理的な距離を表わす言葉ではありません。
慶安4(1651)年の徳川家光の前での柳生連也師と江戸柳生家の柳生宗冬との試合、『正伝新陰流』では以下の様になっています。
「兵助(連也)は、「立合い間合い」、立合ったところから直(じき)にすらすらと、、、
「懸り口」の仕懸けの歩み、、、
三間、五間を距てた「立合い間合」から、兵助は、すでに仕かける巳前に明らかに宗冬の太刀を、
おのれが前に踏み出した右足の甲に写しとって、
その「水月の間境え」を微(すこ)しく先に越して「間の内」に入った刹那、
宗冬が右片手の払い打ちに、、、兵助の左の頸の付け根から、右肋骨のはずれ、斜はす太刀に払い下ろす、、、
その動(はたら)きに連れ、その拍子に随って、
兵助はおのれの「人中路」を、一拍子に合せ打って、打ち落とした」
延春先生には、"間合いは前足で測れ"とも教わりました。
当流の「水月」は、この間合いに入っていく働きを意味する言葉です。
当流の稽古をしていない方が伝書だけ読んだ際に良く誤解される個所と思います。
(まさに、ウィトゲンシュタインの言う「言語の意味はその使用である」の通りです。)
また、当流の稽古をする際には、当流の教えの言葉を使って稽古することが必要です。
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