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患者の視点重視のための具体策

月刊「病院」(医学書院) 2005年11月号
特集:病院にとって「患者の視点」とは


プロローグ

 2000年8月10日。病院正面玄関脇で日本第一号となる24時間営業病院内コンビニエンスストア(以下コンビニ)、ローソン恵寿総合病院店のテープカットが賑々しく執り行われた(図:本誌をご覧下さい)。
 これまでの売店は平日が午後5時、日曜は午前中で閉店していた。そのため利便性の面から寄せられる入院患者や外来患者からの売店の営業時間の延長要望は言うに及ばず、不測の救急入院の際における日用品の準備や重傷者の付き添い家族などに対する飲食物の提供を求める要望などが多数寄せられ、その対応が迫られていた。

 これらの要望からわれわれは「売店改革」に腰を上げたのだった。当初、既存の売店業者との間での営業時間延長交渉を粘り強く行ったものの収益性という点で物別れに終わった。そこで、営業時間延長というよりは、24時間営業の業態を誘致するという逆転の発想に変わった。しかし、約70平方メートルと通常のコンビニにおける所定面積の3分の2の広さしか確保できないこと。バリアフリー化のための自動ドアや通路の確保が必要なこと。また、フランチャイジーは誰がなるのかなど、本来的は本部主導で徹底した規格化、共通オペレーションというコンビニ業態の基本戦略をも覆してしまうようなコンセプトに、コンビニ本部も二の足を踏んだ。それでも、われわれのラブコールからかなり強引に「開店させた」のが実態であったと言える。いわば、コンビニ本部にしてみれば、鬼っ子的存在だったのである。

 開店後は誰も予想もしない事態が発生した。当時1日1000人の外来患者、400人の入院患者や急患需要だけではなく、24時間病院を守る職員の冷蔵庫的役割を担い、さらには近隣住民が多数押し寄せ、売り上げは小面積にもかかわらず地域一番店となってしまった。それからというものは、コンビニ本部の役員の視察が相次ぐこととなった。そして新しいビジネスモデルとしての「病院コンビニ」が全国展開されていくことになるのであった。

そもそも患者の視点の重視とは

 本年4月から個人情報保護法が施行された。この機を利用して個人情報を守っていくために病院全体で検討を重ねた。巷では様々な解釈が流布して混乱し、また各部署・各業務の末端までの業務すべてを規定していくことは不可能と思われた。そこで、われわれは法律と厚生労働省が出したガイドラインのみを拠り所として、運用は次の二点で行うこととした。すなわち、@患者が嫌だと思うことをしない、Aなぜかと聞かれ納得させる説明のできないことはしない、とした。これは、そのまま今回のテーマである「患者の視点」を考える上でも鍵となることのように思われるのである。

 世の中には、「物言う患者」と「物言わない患者」がいる。前者はクレーマーと言われることもあるし、裏を返して本来的なファンであるとも言われることもある。しかし、「物言わない患者」は、投書やアンケートに応じることなく静かに去っていくのみである。患者の視点を云々する時に重要になるのは後者の立場をいかに考えるかであるかも知れない。そこでは、上記@Aのような視点で、われわれ医療者が患者の立場となって、新しい価値観を創造していくことも本質的な患者の視点を考えるうえで重要なのではないかと思う。

われわれの患者の視点重視のための基本戦略

 いまさらながら、病院として他の医療機関との差別化を図っていくことが生き残りへの大きな戦略であることは言うまでもない。そこで、先に挙げた「患者の身になった価値観」をどこに設定するかが大きな要素になってくるものと思われる。
 いま、社会では、インターネットや携帯端末などのITの普及で、地域から国、世界まで容易に「つながり」、さらには世代間やコミュニティー間を超えた「つながり」が急速に拡がり、支持されているように思われる。われわれも、この「つながり」にこそ患者の視点が隠れているように思われるのである。

 ここでは二点の「つながり」を基本戦略として据えてみたい。

  1. 制度間のつながり
     わが国には、医療制度、介護制度、福祉制度、保健制度などと縦割り的な制度が存在する。しかし、これらは決して神が創ったものではなく、その時々の政治と行政が彼らの都合で作ってきたものではないだろうか。これは最後に創設された介護保険制度の経緯からも想像できるのである。しかしながら、これら制度の本質を考えてみると、すべてヘルスケア( Health Care=健康のためのお世話 )という同根であると思われる。患者・利用者の視点に立ったときに「どの制度を使うかということは問題ではなく、健康になれさえすればそれでいい」ことなのである。したがって、われわれはこれら制度間をシームレスにつなぐサービスこそを目指していくべきものと考えるのである。
  2. 施設間のつながり
     チーム医療や安全の観点、さらには医療の質の観点からも自院内における情報共有は必須であるのは言うまでもない。これに加えて、患者の視点からすれば上記の制度間を超えた施設間のつながりが求められているように思う。すなわち、患者が納得して同意した個人情報・医療情報は「どこへ行っても、あなたのことを知っている」状態が安心感の担保となるように思われる。そこでは、同一法人、関連施設と呼ばれる範囲から、さらに超えて経営母体の全く異なる医療機関、介護提供者、福祉機関、そして行政も「つながり」の対象であり得るものと思われる。


患者の視点重視のための具体策

 上記の基本戦略は、イコールIT化ではない。IT化も一つの「つなげる」要素ではあるものの、それ以上にあくまでも地域密着型の医療においては「顔と顔 Face to Face」のつながりが求められており、それを補完するものとして通信回線を利用した声によるサービスや文字、画像によるサービスとなっていくものであろう。

 ここで当院の具体策の一部を紹介する。人対人の泥臭いものからITを駆使した対策までを紹介したいが、基本的に目指すものは「Face to Face」をも含む「心と心 Heart to Heart」であろう。

  1. 投書からアドボカシーへ
     従来から投書箱を外来のほかに全病棟に設置してきた。投書箱の横には、料金受取人払いで院長宛の住所を印刷した封筒を用意し、どこからでも人の目を気にすることなく記載、投函できることとしている。また、これら投書の内容の把握と対応は当院の院長補佐が管轄し、管理者会議で報告するとともに、正面玄関に近い患者用告知板に対応策を張り出し、また広報誌でも分析結果を踏まえて紹介することとしている。さらに、2004年3月からは従来からの医療福祉相談室に加えて、患者アドボカシー室を新設した。患者の立場で相談にのり患者の側に立って診療側と相対する部署としている。担当は、医療福祉相談課のベテランソーシャルワーカーであるが、臨床心理士も同室をサポートし、正面玄関とすべての入院病床に備え付けた「入院のしおり」で告知している。また、本年8月からは院内テレビシステム更新に伴い、入院時オリエンテーションDVDでもその役割を告知している。
  2. お見舞いメールサービスとメールマガジン発行
     インターネットと携帯電話のネット接続サービスの急速な発展に伴って導入してきた。にもかかわらず入院環境において原則的にネット接続が難しいことから、患者とその周辺の人々との間の「心のつながり」を提供するサービスとして、1996年6月にお見舞いメールサービスが生まれた。これはインターネットや携帯サイト上の病院ホームページから、特定のメールアドレスに送信すると内容を台紙に貼って入院患者ももとに届けるものである。
     また、メールマガジンは2002年6月から配信し、現在月に1回のペースで季節の健康や医療についての話題や病院の取り組みなどを発信している。
  3. クレジットカードで医療費支払い
     昨年あたりから国立病院独法化に伴って注目されているが、当院では既に1997年4月に全国で初めて医療費そのもののクレジットカード払いを導入した。その後デビッドカード払いや、銀行や郵政公社の自動引き落としなど支払手段の多様化を進めてきた。
     これは、1997年といえどもクレジットカード払いは世間では当たり前になってきたことや、患者の立場からすれば医療費ほど「いくらかかるか分らない」分野であることから、財布の中の現金の心配をしなくともいいといった支払手段の多様化に多くのニーズがあると判断したものであった。
  4. フロアコーディネーター専任
     高級ホテルにはベルキャプテンの指揮のもと、ドアマンやドアガールが配置されている。しかし、ホテルよりも障害を持って来院する患者が多いにもかかわらず、従来の病院サービスは受付以降のサービスの充実に主眼が置かれてきた。そこで、入口からということでサービス課長の指揮のもと、フロアコーディネーターと命名した職員を1998年10月から専任し配置した。フロント業務に就く前に、リハビリテーション部門から介助や移乗の訓練を、さらに院内外の講師から接遇応対に関する教育を実施し、患者からの信頼を得るように努力させた。
     このフロント業務は、ホテルにおけるドアマン同様に患者のお世話のほかに、病院の行き帰りにおける貴重な生の情報を聴取できる副次的効果を呼んだ。
  5. コールセンターの設置
     介護保険が施行された年、2000年6月に「けいじゅサービスセンター」(通称:コールセンター)を設置した1)。われわれの差別化戦略の柱としての制度間、施設間をつなぐ接点を狙ったものである。われわれは法人と関連社会福祉法人で、454床の急性期病院のほか、143床療養型病院、有床診療所1、無床診療所1、介護老人保健施設2、身体障害者厚生・援護施設2、介護老人福祉施設1、短期入所施設1、デイサービスセンター2など、急性期から亜急性期、慢性期、在宅までの各種制度にまたがるサービスを提供し、「けいじゅヘルスケアシステム」と総称している。これらを利用するに当たって、患者の視点に立ったときに利用するサービスや制度によって連絡先が異なることは不便きわまりのない話であり、すべてのサービスを鳥瞰でき、説明でき、さらには要望に応えることができる部署が必要であるはずなのであった。
     そこで、半径50km圏に点在するこれら施設群を専用線でオンライン化し、コールセンターでは、各施設の医療・介護・福祉情報を閲覧できるようにした。これによって、利用者である患者はどこのサービスを利用していようが、あるいは複数のサービスを利用していようが、われわれ「けいじゅヘルスケアシステム」のサービスへの予約やキャンセル、問い合わせ、要望、苦情は1本の電話番号ですべて受け付け可能となったのである。特に電話による苦情の一元化は、すべてのログが会議の場で明らかになることで、他部署からの助言や逸早い対応や対策の立案に有用なものとなったものと思われる。
  6. 患者図書コーナー設置
     2002年7月に病院の改修に伴って医療の質の担保とすべく図書室を充実させた。この際に、職員のみならず患者も利用できるように患者図書を配備し、さらに一般医学書も患者の閲覧を拒まぬ方針とした。専任の司書を配置し相談に乗ることとした。またインターネットの常時接続環境を整備し、図書の閲覧のみならずインターネットによる検索も供することとした。
  7. インターネットによる連携システムの構築
     2002年5月から、恵寿総合病院では電子カルテシステムが稼動している。ここで集積したデータを地域へ解放することは、自宅近くの利便性の高い診療所を利用したくとも、安心のために自らのデータが集積された病院受信を続けてしまう患者心理に対して福音となるものと考える。前提として、患者本人、診療所主治医、病院主治医の三者の合意が必要であることはいうまでもない。2004年5月から、この三者が合意した診療録に限りインターネット上で、VPN( Virtual Private Network )といわれるセキュリティーソフトとSSL( Secure Sockets Layer )による暗号化、IDとパスワードによるアクセス管理のもとで、診療所から病院の診療記録や病名、治療内容、三測表のほか画像や検査データ等のすべての電子カルテ内容を閲覧可能とするものである。

おわりに

 恵寿総合病院、および関連施設を含めた「けいじゅヘルスケアシステム」における患者の視点から見た具体策の一部を列挙した。世間では「消費者のニーズNeeds」にビジネスチャンスありという言葉をよく聞く。医療においても同様に医療消費者たる患者ニーズに重要な改善点があるに違いない。しかし、その先にニーズとなる前の種;シーズSeedsもさらにたくさんあるに違いない。そのシーズを拾い集めることができるのは、患者の立場、患者の身になり、「何が嫌なことか」を真摯に受け入れる病院側の姿勢に他ならないと思われるのである。

文献

1)神野正博:医療のデフレ下における対策−顧客管理(コールセンターの開設)。病院 62(2):124-126, 2003


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