いうまでもなく医療安全対策は、患者の権利とともに近年最も注目されている点である。昨今の産業界における食品異物混入事件、爆発事故や火災事故の発生などは、経営の効率化の名のもとに安全管理や保守部門のリストラクチャリングに起因しているだろうとも推測されている。このような世相を見渡せば、もはや日本経済を引っ張ってきた製造業に学ぶというよりは、われわれにはより進んだ第一級の取り組みを求められているといってもいいだろう。
もちろん、医療職としての意識の問題も大きいに違いない。しかし、「人間は必ずミスをおこすものである」との前提に立って、組織としての仕組みづくりが必要であろう。その中でITを利用した仕組みづくりも、過信してはならないものの大きな道具の一つであることを認識すべきであろう。
ここでは安全管理の視点から、事故防止と感染管理についてIT戦略を述べてみたい。
すでに本誌VOL.279(2003年6月20日号)「ナレッジ・マネジメントの視点」で紹介したように、当院では1997年1月のオーダリングシステム導入と同時に、グループウェアとして汎用ソフトウェアであるMicrosoft Outlook(R)を利用した文書管理サーバーを設定した。同ソフトに各端末毎に設定した院内メールアドレスによるメール機能とともに、文書の共有化機能を担わせた。
この中に文書フォルダーとして、今回の視点を担う医療安全対策委員会、院内感染防止委員会のフォルダーも設定し、その中に委員会規定から、毎月の委員会議事録、各種マニュアル、配布・掲示文書、Q&Aなどを収納している。当然、毎月30〜40件に及ぶインシデントレポートを分析したヒヤリ・ハットニュースや、毎月の感染症発生報告などもこのフォルダーに収納されている。
これらの文書は、紙ベースでも十分に伝達し得るものであろう。しかし、グループウェアに登録してあるということは、いつでもどこでも院内LANにつながったコンピュータさえあれば、経時的にバックナンバーを参照可能であり、また疑問点を検索することも可能となる。
もちろん情報は使われてこそ意味を成すものである。このような情報共有化の基盤を組織として整備しておくことは、教育研修を通してその意味と利用価値を全職員に知らしめることと表裏一体となることはいうまでもない。
次に示す医師の指示に端を発するミスの以前に、すでに存在する日常業務の周知と実行のためには、これらの情報の共有化の基盤が重要な問題となってくると思われる。
医師の指示から、それを転記や伝達をし、実行に移していくすべてのプロセスにミスは発生しうることになる。発生源である川上から実行に移す川下までのプロセスの簡略化、すなわち工程の削減がミスを未然に防ぐための重要な要素であろう。そういった意味で、事故予防対策の観点でオーダリングシステムはきわめて有用な道具となることであろう。
注射オーダー場面での事故対策
注射オーダーに関しても、原則は投薬オーダーと同様である。これに加え、リスク要因である注射薬の容量単位を統一できるメリットが挙げられる。すなわち、注射オーダーのときに同じ薬でも単位がml、mg、アンプル、バイアル、IU(単位)などと不統一であることによる容量の誤認対策である。オーダリング画面上では発生源である医師のクセ(!?)による表記の不統一を許さず、院内で決めた容量単位に固定できることになる。資料3はインシュリンの容量を単位に統一したものである。また、安全上の観点からもインシュリン製剤はすべて1ml=100単位製剤に移行した。
前号で述べたように、電子カルテシステムの最大の特徴は、多職種が1人の患者を軸として同じ画面上に、時系列に所見や評価を記載していくことによる情報の共有化であるといえよう。そこでは、オーダリング情報である投薬、注射や検査情報だけではなく、その結果や評価、さらには治療方針までもが記載されていくことになる。この情報の共有化こそが、最大のリスク管理であるといえよう。
加えて、電子カルテだからこそできる工夫の一端を紹介したい。
リスク管理にITは最もなじむものといえよう。リスクファクターとして、SHELLモデルが知られている。すなわち、S(ソフトウェア;マニュアル、規定などシステム運用にかかわる形にならないもの)、H(ハードウェア;医療機器、器具、設備、施設の構造)、E(環境;物理的環境だけでなく、仕事や行動に影響を与えるすべての環境)、L(他人;当事者以外の人々)、L(当事者;事故・インシデントにかかわった本人)が密接に影響し、しかも偶然が重なって事象が起こってくると考えられる。これらのファクターをひとつずつ分析していく姿勢が大切であることはいうまでもない。その中で、単にソフトウェア、ハードウェアということではなく、環境や人に関するリスクを回避する道具としてITは今後ますます効力を発するものとなるだろうと予測する。
今回当院の取り組みの一端を紹介したが、IT利用の最大のメリットがこの分野にあることは間違いない。そして、医療のIT化が、経験と知恵を結集するに値するプロジェクトになっていくに違いない。