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その6 安全管理の視点

隔週刊「医療経営最前線 経営実践扁」(産労総合研究所) VOL.286・2003年10月20日号
連載:恵寿総合病院のIT戦略


 いうまでもなく医療安全対策は、患者の権利とともに近年最も注目されている点である。昨今の産業界における食品異物混入事件、爆発事故や火災事故の発生などは、経営の効率化の名のもとに安全管理や保守部門のリストラクチャリングに起因しているだろうとも推測されている。このような世相を見渡せば、もはや日本経済を引っ張ってきた製造業に学ぶというよりは、われわれにはより進んだ第一級の取り組みを求められているといってもいいだろう。
 もちろん、医療職としての意識の問題も大きいに違いない。しかし、「人間は必ずミスをおこすものである」との前提に立って、組織としての仕組みづくりが必要であろう。その中でITを利用した仕組みづくりも、過信してはならないものの大きな道具の一つであることを認識すべきであろう。
 ここでは安全管理の視点から、事故防止と感染管理についてIT戦略を述べてみたい。

情報の共有化の視点から

 すでに本誌VOL.279(2003年6月20日号)「ナレッジ・マネジメントの視点」で紹介したように、当院では1997年1月のオーダリングシステム導入と同時に、グループウェアとして汎用ソフトウェアであるMicrosoft Outlook(R)を利用した文書管理サーバーを設定した。同ソフトに各端末毎に設定した院内メールアドレスによるメール機能とともに、文書の共有化機能を担わせた。
 この中に文書フォルダーとして、今回の視点を担う医療安全対策委員会、院内感染防止委員会のフォルダーも設定し、その中に委員会規定から、毎月の委員会議事録、各種マニュアル、配布・掲示文書、Q&Aなどを収納している。当然、毎月30〜40件に及ぶインシデントレポートを分析したヒヤリ・ハットニュースや、毎月の感染症発生報告などもこのフォルダーに収納されている。
 これらの文書は、紙ベースでも十分に伝達し得るものであろう。しかし、グループウェアに登録してあるということは、いつでもどこでも院内LANにつながったコンピュータさえあれば、経時的にバックナンバーを参照可能であり、また疑問点を検索することも可能となる。
 もちろん情報は使われてこそ意味を成すものである。このような情報共有化の基盤を組織として整備しておくことは、教育研修を通してその意味と利用価値を全職員に知らしめることと表裏一体となることはいうまでもない。
 次に示す医師の指示に端を発するミスの以前に、すでに存在する日常業務の周知と実行のためには、これらの情報の共有化の基盤が重要な問題となってくると思われる。

オーダリングシステムからできること

 医師の指示から、それを転記や伝達をし、実行に移していくすべてのプロセスにミスは発生しうることになる。発生源である川上から実行に移す川下までのプロセスの簡略化、すなわち工程の削減がミスを未然に防ぐための重要な要素であろう。そういった意味で、事故予防対策の観点でオーダリングシステムはきわめて有用な道具となることであろう。

  1. 発生源入力が大原則
     ここでは、あくまでも発生源入力が大原則である。なぜ、ここで発生源入力を強調するかというと、医師の手書き指示書を基にして看護師や事務職員がコンピュータに入力するという仕組みからなる「オーダリングシステム」という名のものを導入している病院が少なからず存在する。これは、転記ミスの防止の意味からも、また各職種の本来業務を考えるという業務改善の意味からもまったくナンセンスであるといわざるを得ない。第一、医師には私を含めて悪筆が多く、しかも英語やドイツ語の単語による省略記載がまかり通っていることからしても、間違わずに転記することは神業に近いことかもしれない。このような仕組みは「オーダリングシステムもどき」、すなわち「事務効率のための入力代行システム」であるといっても過言ではないと思う。指示するのは療養担当規則からも医療法上からも医師である。したがって、オーダーするのは唯一医師であるという考え方が当然である以上、コンピュータ入力に抵抗する医師がいたとしても、それは抵抗勢力として排除するか、説得していくしかないと思われる。
  2. 投薬オーダー場面での事故対策
     入力場面で、多くのミスが回避されよう。相互作用、容量オーバー、複数科重複投与など、コンピュータが得意とする掛け合わせ検索機能によって、仕組みとして警告画面を投薬オーダーの発生源で告知できることになる。当然のことながら、マスター画面の設定は自院の採用薬に従い、病院薬剤師の管理下に置かれることになる。これによって、院外処方箋であっても、病院薬剤師がかかわることができることになるのである。
     資料1に相互作用マスター画面と相互作用チェックの実際を示す。簡単に薬剤師がマスター設定することにより、右下に示すような警告画面が現場で表示されることとなる。
     また、資料2には容量オーバー指示と複数科にわたる重複投与に関する警告画面を示す。現在のところ、重複投与に関しては時間軸をも含めて警告を出している。具体的には、自らの診療科だけではなく、「その薬は1週間前に他の科から10日分処方されています」といった警告が可能となっている。しかし、単にコンピュータの処理時間の問題でこの機能は同一薬剤の場合のみの警告となっている。今後コンピュータの処理速度の向上を図ることによって、同種同効薬に関しても警告画面を表示できるようにしたいと思っている。
  3. 注射オーダー場面での事故対策
     注射オーダーに関しても、原則は投薬オーダーと同様である。これに加え、リスク要因である注射薬の容量単位を統一できるメリットが挙げられる。すなわち、注射オーダーのときに同じ薬でも単位がml、mg、アンプル、バイアル、IU(単位)などと不統一であることによる容量の誤認対策である。オーダリング画面上では発生源である医師のクセ(!?)による表記の不統一を許さず、院内で決めた容量単位に固定できることになる。資料3はインシュリンの容量を単位に統一したものである。また、安全上の観点からもインシュリン製剤はすべて1ml=100単位製剤に移行した。

  4. 転記場面での事故対策
     業務をスムーズに遂行していくためには、現場、現場での工夫によってさまざまな形でのワークシートや業務分担書が必要になってくる。従来は、多くの現場で転記作業によってそのようなシートが作製されていた。オーダリングシステムによってコンピュータに入れられたデジタル情報は指定さえすれば、必要なフォーマットとなって出力される。したがって、転記作業は不必要な形まで、現場に即したさまざまな出力フォーマットを作製することが重要であろう。
     また、同様に一度処方箋や注射箋に入力された情報を注射薬のラベルや薬袋に印字出力することは容易なこととなり、確認作業に供することができよう。

電子カルテシステムからできること

 前号で述べたように、電子カルテシステムの最大の特徴は、多職種が1人の患者を軸として同じ画面上に、時系列に所見や評価を記載していくことによる情報の共有化であるといえよう。そこでは、オーダリング情報である投薬、注射や検査情報だけではなく、その結果や評価、さらには治療方針までもが記載されていくことになる。この情報の共有化こそが、最大のリスク管理であるといえよう。
 加えて、電子カルテだからこそできる工夫の一端を紹介したい。

  1. 感染防止の観点から
     感染症発生時にICD( Infection Control Doctor )やICT( 同 Team )は、どこからでも電子カルテにアクセスして患者の状況について調査し、介入できることになる。すなわち、初動調査、対策の取りかかりの迅速化が図れることになるであろう。
     また、資料4に示すように、仕組みとして耐性菌の出現が危惧される特定の抗生剤の使用場面で、オーダリングシステムから警報画面を提示し、電子カルテの文書管理画面からその使用登録をICTに対して義務づけ、監査を受けることができるようにした。これによって、安易な特定抗生剤の使用は制限されることとなった。実際、特定抗生剤として設定したVCM,ABK,IPM/CS,ME,ムピロシンなどの抗生剤の使用量は激減した。効果の具体例として、当院で同定された緑膿菌のIPM/CS耐性株は、2002年前期の11.1%から2003年前期では6%と激減をみることができた。
  2. 誤認防止の観点から
     電子カルテにおいては、実施の確認も電子化されることとなる。実施確認の効率化と誤認防止の両立を目指した仕組みを立ち上げてきた。
     資料5に示すように、注射場面で患者のリストバンドと注射薬に添付したバーコード印字ラベルをバーコードリーダーにかけることで、患者取り違え防止確認とともに、複数の注射薬の投与順も確認できることになる。さらに、実施した看護師のネームカードに印字されているバーコードを読み込ませることで、実施者の確認とともに、実施時刻も記録され、実施確認が終了できるものである。現在、輸血や抗がん剤投与など、誤認により有害な事象が発生する可能性の高い処置から優先していく方針であるが、今後すべての注射処置や投薬、さらには手術室の入退室やリハビリ入出療、検査実施の場面にも広げていくように検討中である。

リスク管理にITは最もなじむ

 リスク管理にITは最もなじむものといえよう。リスクファクターとして、SHELLモデルが知られている。すなわち、S(ソフトウェア;マニュアル、規定などシステム運用にかかわる形にならないもの)、H(ハードウェア;医療機器、器具、設備、施設の構造)、E(環境;物理的環境だけでなく、仕事や行動に影響を与えるすべての環境)、L(他人;当事者以外の人々)、L(当事者;事故・インシデントにかかわった本人)が密接に影響し、しかも偶然が重なって事象が起こってくると考えられる。これらのファクターをひとつずつ分析していく姿勢が大切であることはいうまでもない。その中で、単にソフトウェア、ハードウェアということではなく、環境や人に関するリスクを回避する道具としてITは今後ますます効力を発するものとなるだろうと予測する。
 今回当院の取り組みの一端を紹介したが、IT利用の最大のメリットがこの分野にあることは間違いない。そして、医療のIT化が、経験と知恵を結集するに値するプロジェクトになっていくに違いない。


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