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その9 標準化の視点

隔週刊「医療経営最前線 経営実践扁」(産労総合研究所) VOL.293・2004年2月20日号
連載:恵寿総合病院のIT戦略


 そもそも医療は標準化に馴染むか否か?今さらこのような命題はばかげているかもしれない。国は、医療の標準化、すなわち証拠に基づく医療(EBM)の推進を挙げ、医療業界も金科玉条として標準化に取り組む姿勢を明らかにしているからである。
 一方、将来のあるべき姿として、個人の特性や遺伝的背景に基づいたオーダーメイド(あるいはテーラーメイド)医療が叫ばれている。同様に一般企業の経営姿勢として、徹底した顧客への個別対応が戦略として強調されているのも事実である。
 個々の患者の特性に応じた接し方や、時間的・空間的な治療の流れなど、アーツとしての医術は変わることのない患者の要求であろう。それに対応していくためには、一つひとつのセグメント化された検査や治療方法では標準化が求められ、そのセグメントをどのように組み合わせていくかという段階で個別性を求めていくのが解であるように思われる(資料1)。
 今回は、IT化によって得られる入力方式の標準化についてと、診療過程にかかわる標準化のツールとしてのクリニカルパスについて触れてみたい。

入力方式の標準化

  1. 用法・容量指示の標準化
     すでに本連載「安全管理の視点」(VOL.286・2003.10.20)でも紹介したように、薬剤オーダーをはじめとして、各種の指示事項、業務連絡は決められたオーダー単位やプルダウンメニューやチェックボックスから入力しなければならない。これによって、オーダー側の都合やクセ、さらには思い込みによった指示は排除され、確実性を増すとともに事故を未然に防ぐことができるものとなる。
     例えば、資料2に示すように、インシュリンの容量は「単位」でしか入力をすることができない。mlとかアンプル、バイアルなどといった事故につながる可能性のある指示はできないことになる。
     これらは、電子カルテというよりも、オーダリングシステムで達成され得る仕組みであろう。


  2. 指示書の標準化
     電子カルテでは、医師による指示は指示用のテンプレートを使うことにより、標準化を図ることができる。看護師への伝達は、決められた順番で、決められた言葉で行うことができる。特に熱発時、疼痛時、不眠時、血圧上昇時をはじめ、血糖補正のスライディングスケールなどの不定期指示は、あらかじめ医師同士で決められた合意に基づいてプルダウンメニューで提示され、推奨された標準薬が使われることとなる(資料3)。
     当院では、各科ごとに入院時指示のほか入院中指示のテンプレートが存在する。また、特に入院中指示に関しては、テンプレートによらずに入力可能なフリーライティング指示書も存在し、医師から病棟看護師への細かな伝達に供している。


  3. 診療経過記録の標準化
     ここで、電子カルテにおける経過録の記載内容の標準化について触れてみたい。当院では、医師の経過録、看護師による看護記録、リハビリテーション記録、薬剤管理指導記録、栄養指導記録などについても指示用と同様に多くのテンプレートは存在する。
     テンプレートを使用すれば、記載の標準化は図れる。例えば、同じような場所の「腹痛」でも、「おなかの痛み」、「はら痛」、「みぞおちの痛み」、「心窩部痛」、「上腹部痛」などの類義語がいろいろ存在する。これらの類義語すべてをコンピュータで同じものと認識させることは不可能に近い。そこで、テンプレートを使用し、プルダウンメニューやチェックボックス等で選ばせることになれば、当然用語は統一されることになるのである。用語が統一されれば、患者の症状や訴えから、いつ、どのような処置がなされていったかというような診療にかかわる医師の思考過程( decision tree )の分析が電子的に可能となる。これこそ、診療の質の分析、監査が電子的に可能になることになるのである。
     しかし、すべてをテンプレート化することは特殊な専門科を除いて、複数の医師による一般診療では大変難しく、またそれは患者の訴えよりも、それを聞いた医療職による主観が入りかねないという危惧をはらむと思われた。
     経過記録の入力方法として、当院ではテンプレートと、個々の医療者が作成した電子カルテ上の単語帳(ワードパレットと呼ぶ)、自由記載の3本立てとしている。医師をはじめ、看護職その他のキーボード入力技術の慣れと上達と共に、内容的自由さと入力スピードの速さから自由記載が増えていっているような傾向にある。
     私は、今まで本連載で述べてきているように、電子カルテの当初の目的は情報共有であり、ピュア・レビューであるとする以上、もっとも入力担当者の使いやすい入力方法で十分であると思う。最初から、あれもこれも高いレベルまで狙い、使う側に「手間」をかけさせ、「やる気」を削ぐわけにはいかないと思うのである。

診療過程にかかわる標準化のツール〜クリニカルパス

 いまさらながらであるが、一口にクリニカルパス(以下CPと略す)といっても、おそらく病院毎に導入戦略が異なるのではないかと思う。IT導入と同様に、CPにも導入戦略が必要なことはいうまでもない。今回CPを整理しながら、IT化戦略の中での位置づけについて考えてみたい。

  1. CPは患者のもの
      CPは、患者にとって医療の質の確保と向上に寄与することとなると思われる。CPの本家であるアメリカよりも日本においてこの点が強調されてきていると思われる。検査や治療の日程表がCPに基づき作成されることにより、退院日を含めた先の見通しが示される。これにより、インフォームドコンセントが提示され、在院日数も規定される。情報の開示と自己責任というトレンドに十分応え得るものとなる。ただし、バリアンスが生じた際の失望感は大きいかもしれない。
     また、その医療機関における標準化された最良の治療が提供されることで医師、看護師の「当たりはずれ」が少なくなり、計画されたチーム医療も担保されるといってもよいだろう。
  2. CPは病院のもの
      疾患ごとに標準化されたCPを作成することにより、各疾患におけるヒト・モノにかかわる原価管理が可能となる。それと同時に、薬剤や材料の供給見通しが立てられることになる。 例えば、医師の裁量で決まっていた術後の抗生物質投与は、各手術の術後感染起因菌の科学的な調査とヒアリングにより、EBMの一環として理論的に最良の抗生物質が選択される。バリアンスが生じない限り、選択された抗生物質はその科の売れ筋商品となり、納品・在庫管理と発注価格交渉が可能となってくる。すなわち、CP作成にあたっては、商品名を規定すべきであり、それが病院運営に寄与していくことになる。
     このような原価管理により、一般病院にも今後導入されるであろうDPC( Diagnosis Procedure Combination )やDRG( Diagnostic Related Groups )/PPS( Prospective Payment System )に向かって病院として「最短の時間で」、「最良の」、「最大効果の」、しかも「最大の経済効果を期待できる」医療を提供することができることとなろう。
  3. CPは病院職員のもの
      業務改善のためにCPを利用するという考え方である。医師や看護師をはじめとした患者を取り巻くスタッフは、従来おのおのが自分の経験に基づいたベストプラクティスを持っていた。CP作成時に、これを表出し、他人が持っていたベストプラクティスと連結させることによって、さらにはお互いのベストプラクティスを議論しあうことによって、もっとベストなCPを作成できることになる。これは本連載でも触れたナレッジ・マネジメントの具現化に他ならない。
     しかしながら、一度CPが作成されると、現場では医師と看護師はパス表に従い、しかも漏れなく指示を出し、診療計画を立てる必要がある。これにより、パス表からの拾い出し作業という新たな、しかも「単純な」転記作業が発生する。これでは職員のモチベーションは高揚しないし、また業務の改善につながらないと思われる。ここでは、職員の業務の改善につながる、すなわち「楽になる」、「手抜き」ができる仕組みが必要と考える。
     高齢化社会を背景とした複雑な疾病構造に対応できるパス表の作成は現実問題として困難と思われる。そうであるならば、全体の患者の2割の「典型的な疾病の」患者にはCPを適応し、指示、転記作業の徹底的な削減(手抜き)を図る。残りの複雑な8割の患者に対しては、個別性を重視し、医師と看護婦は2割の患者で削減された余力を存分に発揮する。といったような「めりはり」を目指したツールとするべきであると思われる。
  4. 当院におけるCP戦略
     一般に、CP導入の目的は、前述のような考え方から、医療の質の確保と患者に対するサービスの一環として強調されてきた。次に、最近はDPCやDRG/PPS論議から病院経営上の利点が強調されつつある。しかし、当院の戦略では、3番目に提示した病院職員の「手抜きツール」を最も強調して導入することとした。すなわち、どんなにすばらしいツールであっても職員の業務量の増大があるならば、結局はすたれてしまうのではないか。CPを作成し、選択するのは医師をはじめとした医療スタッフであるからである。
     そこで、CP導入計画の中で、オーダリングシステムに連動した、いわば「電子クリニカルパスシステム」ソフトウェアの開発をCP作成の前に優先させることとし、平成10年10月に運用を開始することができた。
     従来、各科においてはセット検査というものが存在した。例えば、「内科入院時検査一式」、「心臓カテ−テル検査術前一式」といったものである。これらは、各種画像検査や生化学・生理学検査、さらに前投薬などをセット化したものであった。CPにおいては、これに日にちという時間軸と処置、食事、看護計画、教育指導、他科受診など、患者を取り巻くすべての指示事項を巻き込んだものと解釈し、これら情報を電子化し、このパス表をオーダリングシステムに電子的に「貼り付ける」ことで、すべての指示作業が完結するものとしたのである(資料4)。したがって、ワンクリックすることによってCPで設定された全経過のオーダーは終了でき、設定された時間軸で処方箋や指示ワークシートが自動的に発行されることになるのである。現在、入院一式のものから、例えば心臓カテーテル、PTCAなどといった検査や処置前後のものを加えると77種のCPが稼動している。
     さらに、昨年10月からは入院時療養計画書をはじめ、意思確認書(いわゆる同意書)などの文書管理もCP上から管理する次世代のCPへ移行しつつある。このCPにおいては、ワンクリックで全ての指示、全ての文書という考え方に加え、バリアンスとすべき指示が加えられた際には、その原因が何にあったのかを電子的に登録させることで、後のCPを見直す際の資料とすることとした(資料5)。

標準化は誰が行うのか

 IT化は標準化に馴染むものに違いない。IT化により、個人の医療者のわがままを聞けない仕組みにすることは容易である。しかし、そもそも標準とは誰が決めるものか。自院の標準を決定していく際には、わがままに真理がないか、聞く耳を持ちながら標準化を進めていかなければならないだろう。まして、院外の部外者、例えばITベンダーは標準化のリーダーとなれるはずがないものと考える。


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