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薬剤管理システムの導入による経営改善
               −その1−

−Prime Vender Innovation の導入−

隔週刊「病院経営新事情」(産労総合研究所) VOL.234・2001年6月5日号
連載:病院経営から見た業務改善事例5



 前回は2回にわたって診療材料のSPD( supply processing distribution )について詳述した。病院にとって、診療材料以上に材料費比率が高い薬剤の管理に合理的な管理手法を取り入れたいということは、例外のない本音であろう。しかし、薬剤においては商習慣に絡む複雑なメーカーと薬品卸業者間の系列、不透明な薬価差益の存在など多くの困難が内在する。また、薬事法上、卸業者の倉庫における薬剤師の配置義務や小分け配送の禁止など規制事項も多々ある。 

 しかし、病院における薬剤管理業務のスリム化は、薬剤師の本来業務( core mission )への特化を促すと考えられる以上、病院の業務改善の道のりで避けては通ることができないことであると認識しなければならないだろう。
 そこで、当院では、新しい試みとして薬品卸の井上誠昌堂(本社;富山県高岡市)と共同で薬品卸一社管理Prime Vender Innovationによる薬剤管理システムを平成7年10月に立ち上げた。


1.従来の薬剤管理上の問題点

1)薬価差交渉

 薬価差問題は、医療保険改革論議で必ず俎上にのぼる問題であり、今後の推移が注目される。しかしながら、現行においては「薬価差は存在する」わけである。医療に限らず規制産業を経営するにあたっては、現在ある制度に対していかにしたたかに適合していくかは企業の存亡に関わる事項であると考える。したがって、薬価差が縮小されつつあるといっても、0.1%でも差益を多く獲得するかは経営者として重要な意義をもってくる。
 薬価差はメーカー、卸、病院の力関係から発生する。その中で、薬品一品一品について、各卸業者に対して競争見積もりを取ることになる。薬品数が1,500種程度にのぼる当院にとっては、この労力はきわめて大きなものであった。

2)メーカーと現場医師との関係

 メーカー側は、拡販のため大量のMRを病院へ投入する。他人の財布の中身を推量して恐縮であるが、メーカー側の人件費はもとより事務所経費や車両経費などといったもろもろの経費を総合するとMRひとりあたり年間2,000万円程度の経費がかかっているとされている。全国には5万人のMRがいるといわれているので、2,000万円×5万人=1兆円 の経費がかかっていることになる。当たり前の経済の理論としてこれらMRには、いかに医師に自社の商品を使わせるか、徹底的な教育がなされるだろうことは想像に難くない。
 情報に武装され、かつEBMに基づく理由で、医師から請求される薬剤購入申請に、病院経営陣が「ノー」と言うことは、医師のモチベーションを低下させない意味からも難しいこととなる。
 したがって、特定のメーカー品の購入にあたっては、病院経営陣の交渉力は低下してしまう。さらに、地域特約店の存在などメーカー系列の壁によって、購入にあたっての競争原理の導入はきわめて難しいものとなっていた。

3)在庫管理

 多忙な薬剤師業務の中で、薬品庫内、病棟配置薬の期限切れ等の管理業務は大きいものと思われる。当院の処方の1/3程度のみが院外処方であり、決して院外処方率は高くない。しかし、たとえ100%を院外処方に移行しても、より高価な注射薬剤の在庫管理業務には多くの労力がかかるものと思われる。
 実際、当時は薬品卸業者からの納品は検品の後、用度課(薬剤師が用度課長)の倉庫に保管していた。その後、内服・外用薬は薬品庫からの払い出し請求にもとづき納品していた。また、注射薬は病棟看護婦からの払い出し請求にもとづき箱単位で病棟へ納品する体制となっていた(資料1)。
 ここで、在庫は用度課倉庫と薬品庫、病棟に存在し、しかもその管理体制は合理的なものではなく、職員の経験と勘により運用されていたといってよいものであった。

2.薬剤管理システム導入のプロローグ−薬品卸の絞込み

 見積もり、発注業務の削減を目的に、従来取引のあった約10社の卸業者を1社に絞り込むこととした。地元の各卸業者には、全社へ平等に条件を提示し、各社競合の上、パートナー企業を選定することになった。その条件は、
 @一社で管理すること。
 A卸業者からの納入価は、薬価差益を総加重で一定とし、一品一品の薬価交渉は行わない。
 B病院の薬剤在庫管理を限りなく小さくできる合理的なシステムを提案、導入すること。
 C納入薬品の採否とメーカー決定権は、病院の薬事委員会にあるものとする。
とした。すなわち、各卸に all or nothing を迫ったわけである。
 卸業者側からすれば、当時の当院の薬剤購入額である月間1億円の売上を得るためには、2,000万円を売り上げることのできる病院が5ヶ所必要となる。その5ヶ所に定期的に薬品を配送するためには、それなりの運搬コストがかかる。これに対して、1ヶ所で1億円であるならば、配送コストは低減するはずである...。このような勝手な(?!)理論から、この施策を発案し、交渉したわけである。
 予想に反して、当院での取引量が多かった広域卸からの反応はきわめて鈍く、すべてノーであった。これに対して、従来の取引量が下位であった井上誠昌堂一社のみから受諾の案内があった。同社のベンチャー精神に改めて敬意を表したい。
 数社のメーカーより、同卸は特約関係にないために、既存の他の卸(特約店)経由でなければ、納品はままならないといった勧告を受けた。これに対して、病院側は、
 @例外は認めず。
 Aどうしても納品できないものであれば、取引は停止し、代替メーカーを検討する。
の2点をトップの強い意思として伝えた。まさに、このシステム導入の正念場であった。
 結果的にはすべてのメーカー品が従来どおり納品されることとなった。もちろん、病院側にとって、メーカーのラベルさえ付いていれば(PL法では重要な案件)、どのような納品経路であろうが知るところではない。

3.薬剤管理システムの概要(資料2)

<本システムはビジネスモデル特許「医療機関用薬剤補充システム」(特願2000-343048)としてすでに井上誠昌堂より出願中である。>

1)薬剤の入出庫

 薬剤の薬品庫への入庫にあたっては、薬品卸業者の手によって薬品のパッケージ、容器その他に付されたバーコードによる識別符号から薬品を識別し、システムのカレンダーから取得した入庫日ならびに製品ロット番号および使用期限とともに薬品の名称および効能を含む当該識別情報を入庫コンピュータへ登録する。これにより在庫情報が作成される。
 特に、内服・外用剤については大包装薬剤を、発注点を下げる目的で入庫後小分けに分包し、その各々に上記データとリンクしたバーコードを新たに添付する(写真1)。
 薬品庫からの出庫にあたっては、病院薬剤師の手によって出庫用バーコードリーダーを通すことで上記の包装に付された識別符号から薬品を識別し、払い出し日および薬品の名称を含む当該識別情報を出庫コンピュータへ登録する(写真2)。
 また、病棟で使用する注射薬は、薬剤師による注射セットを薬品庫内で行うこととし、オーダリングシステムによる注射処方箋情報とリンクし集計した払い出しデータを作成。これを出庫コンピュータへ登録する。

写真1:データとリンクしたバーコードを添付

写真2:出庫コンピュータへ登録する

2)発注手段

 薬品卸業者側で過去3〜6カ月の処方量および発注量ならびに現在庫量(在庫情報)より発注するタイミングおよび薬品各々の在庫定数を設定する。薬品の処方に伴って発生し、出庫コンピュータに集積した払い出し情報を日々集計する。この集計値および在庫定数に基づいて在庫に補充すべき薬品を日ごとの発注ファイルとして、薬品卸業者の物流センターへ出力する。

3)使用期限管理その他

 薬品卸業者側で在庫情報の使用期限ならびに使用実績を参照して、期限切迫品を抽出。優先的に払い出しを促す。同様に、不動在庫もシステムにより特定可能であり、返品などの対応を速やかにとれることになる。

4)支払い

 このシステムによって、病院から薬品卸業者への発注情報を受けて、薬品卸業者が納品情報をオンラインで病院の経理端末へ出力可能となった。また、入庫時において納品書と納品分の請求書が発行され、払い出し時点まで代金の支払いを猶予される(買掛金決済の猶予)形を採る。診療材料の管理との最も大きな相違点は、支払いが猶予されているものの、在庫品は病院の財産となることを確認しておきたい。

4.薬剤管理システムの効果

1)医療機関側の効果(資料3)

 このシステムの導入で、払い出し金額情報が払い出し薬品に基づいて行われることになる。また、病院の薬品管理担当者が棚入れ作業に立ち会わなくともよいことになる。したがって、薬剤師が薬品管理担当者を兼任している場合には、従来のように薬品保管施設内の発注業務および入庫時の検品等という在庫管理業務から開放され、薬剤師本来の調剤業務に専念できることとなる。
 さらに、不良品ならびに不動薬品も減少し、期末在庫量の確定も容易になることから、在庫管理コストの削減にも寄与し、薬品購入プロセスも透明化されることとなる。
 これらにより、全体的なコスト削減効果と、何よりもそれに伴うキャッシュフローの改善効果が期待できるであろう。

2)薬品卸業者側の効果

 前述の物流経費のほかにも、売上が保障され、仕入れ計画の立案が容易となるために、仕入先との関係が良好となる。また、バーコードデータを利用したコンピュータ化によって、従来の棚入れ・棚卸作業に伴う人員確保の必要がなくなり、人的資源の有効活用が可能となると推察される。

5.効果の監視

 本システムは、薬品卸業者との信頼関係のもとで成り立っていることは言うまでもない。しかし、冒頭で述べたように薬価差が存在する以上、1円でも安く薬品を購入したいのは病院側の心理である。そこでは、競合が存在しない一社管理であるだけに薬価差を他の病院と比較するベンチマーキングがきわめて重要となる。そういった意味で、このシステムにおける価格面での効果は、病院が全国的な価格動向、特に同規模、同じような母体の病院の情報をいかに多く入手するかにかかっている。当院もギブ・アンド・テイクを原則にいくつかの病院との間で情報の共有化を進めている。
 さらに、これらの効果を監査し、客観的な評価を得る努力が必要となろう。次号においては監査法人の監査結果をもとにした実際の導入効果を具体的な数字を交えて報告する。

資料3 医療機関側のPrime Vender Innovationシステム導入のメリット

・いままでどおりの薬剤がそのまま処方可能
 →使用したい薬剤はそのまま品揃え

 →薬品卸業者の一本化により、MSとの交渉時間の削減。
  MRの情報提供はこれまでどおり

・在庫管理コストの削減
 →在庫管理は薬品卸業者が代行
  薬品庫の在庫は過去の使用量を元に適正に保たれる
  不動品情報から期限切れによるロスを減らせる

 →ルーチンの発注業務は必要なし
  医療機関は在庫を意識せずに医薬品が補充
  在庫は払い出しデータから自動補充

 →在庫管理に要する時間が節約でき、薬剤師は本来業務に専念

・支払いは消化払い契約
 →薬品庫から払い出された薬剤だけが支払い対象
  キャッシュフローの改善

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