クリティカルパスは誰のもの

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クリティカルパスは誰のもの

月刊「Medical Management」(日本医療情報センター) 1999年7月号
今月の視点


   2000年実施に向けての第4次医療法改正と診療報酬体系の見直しをはじめとした医療保険制度改革論議が盛んだ。国はミレニウムの区切りとして、介護保険制度と共に、これからの日本の医療と福祉制度に一定の道筋をつけようとしているようである。

   この中で昨年の暮に厚生省健康政策局から医療審議会に提出された「医療提供体制の改革について(議論のためのたたき台)」では、入院医療体制における医療の質の確保・向上の項目で以下のような記述が見受けられる。
   “医療現場において提供される医療の質を確保し、さらにその向上を図っていくため、「科学的根拠に基づく医療」(Evidence Based Medicine: EBM)や「退院時期を明確化させた診療計画」(Clinical Pathway)等について検討を進めるとともに、医療現場への定着・普及を図る。”
   ようやくこの1年ぐらいで市民権を得つつあったクリティカルパス(Critical Pathway=Clinical Pathway、以下CP)が、ついに厚生省の「お墨付き」をもらったという感がある。

   このような流れに従い、各種セミナーの開催や、書籍・雑誌の出版が雨後のタケノコのように多数認められる現況にあるといっていいであろう。ここでは、改めてCPの導入意義を当院における事例とともに考えてみたい。

1.CPは患者のもの

   CPは先に引用した厚生省の思惑通り、患者にとって医療の質の確保と向上に寄与することとなる。これはCPの本家であるアメリカよりも日本においてこの点が強調されてきていると思われる。検査や治療の日程表がCPに基づき作成されることにより、退院日を含めた先の見通しが示される。これにより、インフォームドコンセントが提示され、在院日数も規定される。情報の開示と自己責任というトレンドに十分応え得るものとなる。ただし、バリアンスが生じた際の失望感は大きいかもしれない。

   また、その医療機関における標準化された最良の治療が提供されることで医師、看護婦の「あたりはずれ」が少なくなり、計画されたチーム医療も担保とされるといってもよいだろう。

2.CPは病院のもの

   疾患ごとに標準化されたCPを作成することにより、各疾患におけるヒト・モノにかかわる原価管理が可能となる。それと同時に、薬剤や材料の供給見通しが立てられることになる。 たとえば、医師の裁量で決まっていた術後の抗生物質投与は、各手術の術後感染起因菌の科学的な調査とヒアリングにより、EBMの一貫として理論的に最良の抗生物質が選択される。バリアンスが生じない限り選択された抗生物質はその科の売れ筋商品となり、納品・在庫管理と受注価格交渉が可能となってくる。すなわち、CP作成にあたっては、商品名を規定すべきであり、それが病院運営に寄与していくことになる。

   このような原価管理により今後導入されるであろうDRG(Diagnostic Related Groups)/PPS(Prospective Payment System)に向かって病院として「最短の時間で」、「最良の」、「最大効果の」、しかも「最大の経済効果を期待できる」医療を提供することができることとなろう。

3.CPは病院職員のもの

   業務改善のためのCPを目指すならば、最も強調したい点となる。医師と看護婦はパス表に従い、しかも漏れなく指示を出し、診療計画を立てる必要がある。これにより、パス表からの拾い出し作業という新たな、しかも「単純な」転記作業が発生する。これでは職員のモチベーションは高揚しないし、また業務の改善につながらないと思われる。ここでは、職員の業務の改善につながる、すなわち「楽になる」「手抜き」ができる仕組みが必要と考える。

   高齢化社会を背景とした複雑な疾病構造に対応できるパス表の作成は現実問題として困難と思われる。そうであるならば、全体の患者の2割の「典型的な疾病の」患者にはCPを適応し、指示、転記作業の徹底的な削減(手抜き)を図る。残りの複雑な8割の患者に対しては、個別性を重視し、医師と看護婦は2割の患者で削減された余力を存分に発揮する。といったような「めりはり」を目指したツールとするべきであると思われる。

4.当院におけるCP戦略

   一般に、CP導入の目的は、前述のような考え方から、医療の質の確保と患者に対するサービスの一貫として強調されてきた。次に、最近はDRG/PPS論議から病院経営上の利点が強調されつつある。しかし、当院の戦略では、3番目に提示した病院職員の「手抜きツール」を最も強調して導入することとした。すなわち、どんなにすばらしいツールであっても職員の業務量の増大があるならば、結局はすたれてしまうのではないか。CPを作成し、選択するのは医師をはじめとした医療スタッフであるからである。

   すでに当院では平成9年1月より、Microsoft Windows NTをOSとしたフルオーダリングシステムKISS(Keiju Information Spherical Sysytem)が稼動し、医師や看護婦による発生源入力のもとで各種医療が提供されている。そこで、CP導入計画の中で、このオーダリングシステムに連動したいわば「電子クリティカルシステム」の開発をすべてに優先することとした。

   従来、各科においてはセット検査というものが存在した。たとえば、「内科入院時検査一式」「心臓カテ−テル検査術前一式」といったものである。これらは、各種画像検査や生化学・生理学検査、さらに前投薬などをセット化したものであった。CPにおいては、これに日にちという時間軸と処置、食事、看護計画、教育指導、他科受診など、患者を取り巻くすべての指示事項を巻き込んだものと解釈し、これら情報を電子化し、このパス表をオーダリングシステムに電子的に「貼り付ける」ことですべての指示作業が簡潔するものとしたのである(下図)。

   昨年10月にソフトが完成し、その後現場におけるマイナーバージョンアップを繰り返し、実際には本年3月からフル稼働している。現在30の疾患あるいは手術に伴うパス表が運用され、月に約100例の使用実績となっている。現状においては在院日数における短縮効果の評価は難しいものの、当初の目的とした業務削減効果は多大なものになっていると確信している。

おわりに

   他院と異なる切り口、すなわち「業務削減」を旗印としたCPを立ち上げた。多面性を持った戦略の中心は、今後の医療費の包括化、情報開示に向かった制度改革への適合とするべきであると考える。そして、CPは病院、医療スタッフが従来経験則として蓄積してきた知識(Knowledge)を病院組織の共有情報としていかに利用するかのツールとなっていくものと思われる。そういった意味では、昨今一般企業の経営面で注目されているKnowledge Managementの医療における展開というとらえ方をしてもよいであろう。

参考文献

神野正博:病院管理フォーラム;すべての業務を統合する情報システム。病院 58(5):452-454,1999

クリティカルパス画面
図:電子クリティカルパス画面

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