序章


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序章

 1997年9月18日、「対人地雷の使用、製造、移転、貯蔵及びそれらの破壊に関する条約」(以下、オタワ条約)が対人地雷の早期廃絶を主張する国家と非政府組織による外交会議(オタワプロセス)により採択された。そして、同年12月の3日から4日にかけてカナダの首都であるオタワにおいて同条約の調印式が行われた。
 日本政府は12月2日の安全保障会議と閣議においてオタワ条約への署名を決定し、小渕外務大臣を調印式に派遣、同条約に調印した。最終的にはこの調印式で121カ国が調印を行い 、特にカナダは条約調印と同時に批准書を国連事務総長に寄託し、最初の批准国となった(*1)
 このオタワ条約の作成過程には条約策定交渉におけるNGOの参加など従来の条約の策定に関して目新しい動きがあった。そして、このオタワ条約の調印により、2つの画期的な状況が現れることになった。
 第一に、第二次世界大戦後の軍縮の動きにおいて、通常兵器(Conventional Weapon)のカテゴリーに分類される兵器の生産、使用、貯蔵及び移転を禁止した国際条約を初めて作成したことである。本論文において、通常兵器とは大量破壊兵器(核兵器、生物兵器、化学兵器)との対比で、大量破壊兵器以外の主に在来の陸海空用の兵器をさすこととする(*2) 。また、軍縮という語句は国家の保有する軍備――軍事費、兵力、兵器体系など――の削減あるいは撤廃、また兵器体系の研究、開発、生産、配備などをしない(*3) ことという意味で用いることとする。
 第二次世界大戦後、国連を中心とする各国の軍縮の関心はまず核兵器、大量破壊兵器の軍縮に向けられた。1978年5月23日から7月1日まで開かれた第一回国連軍縮総会の最終文書(決議S-10/2)では、有効な国際管理の下の全面完全軍縮を最終目標としながら、核戦争の危機の除去と核軍縮を最優先事項とした(*4) 。核兵器についての規制は多数国間条約では核拡散防止条約、部分的核実験停止条約が発効しており、全面的核実験禁止条約(CTBT)も1996年国連総会で採択、各国による署名・批准がなされている。二カ国間条約では米ソによる米ソIMF廃棄条約が発効している。さらに、生物兵器と化学兵器はこれらの完全軍縮(全廃)を規定した生物・毒素兵器禁止条約(1975年3月26日発効)、化学兵器禁止条約(1996年4月29日発効)がある。これらから軍縮の焦点が核兵器などの大量破壊兵器にあったことが明らかである。
 しかし、これら核兵器、大量破壊兵器の軍縮を定めた条約が発効したり、採択されているなかで、通常兵器の軍縮はなおざりにされた。また通常兵器は科学技術の革新により、高性能化・低コスト化していった。そのため通常兵器は大量破壊兵器とは異なり、およそ軍備を持つ国すべてが保有している。第三世界においても、多くの国家が通常兵器を生産しあるいは輸入しており、第二次世界大戦後の主に第三世界で勃発したすべての武力紛争においては通常兵器のみが使用されてきた(*5)
 よって、通常兵器の軍縮というのは世界のすべての国家の安全保障に関わる重大な関心事である。それに加えて、冷戦期における軍縮交渉においては、通常兵器軍縮は東西核戦力の差を年頭において核軍縮を交わすものとして持ち出されていた。よって、唯一軍縮における常設の多国間協議機関であるジュネーブ軍縮会議(Conference on Disarmament, 以下CD)においても通常兵器のみの軍縮措置の検討は具体化しておらず(*6) 、これまで通常兵器における特定の兵器の生産を禁止する条約は存在していなかった(*7)
第二の点は一つの目的を達成するために、異なる国際法のアプローチによる国際的枠組みが併存することである。
 従来、対人地雷を規制する国際条約はCDが中心となって起草し、1980年に国連における外交会議で採択された「過度に傷害を与えまたは無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の禁止または制限に関する条約(特定通常兵器使用禁止・制限条約、以下CCW)」の地雷、ブービートラップ及び他の類似の装置の使用の禁止及び制限に関する議定書(以下、第二議定書)がある。この第二議定書はCCWの他の議定書(*8) とともに1983年12月12日に発効した。そして、第二議定書は1996年の5月にCCWの再検討会議において規制を強化するために改正された(*9)
 CCWの前文第2項、5項及び8項において、締約国は「敵対行為の及ぼす影響から文民たる住民を保護するという一般原則を確認し」、「文民たる住民及び戦闘員は……(中略)……確立された慣習、人道の諸原則及び公共の良心に由来する国際法の原則に基づく保護ならびにこのような国際法の原則の支配の下に常に置かれるべきであるとの決意を確認し」、そして、「武力紛争の際に適用される国際法の諸原則の法典化及び漸進的発達を引き続き図ることの必要性を再確認」して議定書を締結している。このことからCCWは国際人道法における害敵手段の規制の範疇にある条約といえる。
 一方で、オタワプロセスに参加した各国政府やNGOもオタワ条約の前文に国際人道法の原則に基づいている宣言しているが、同条約では対人地雷の使用、生産、貯蔵、移転の禁止とそれらを破壊することを規定するものになった。この条約は軍縮法の範疇に入る条約であると考えることができる。本稿において、軍縮法という語句は内容的にみて、武力行使の制限・禁止及び安全保障との関連で軍縮の一般原則及び特定種類の兵器体系や軍需品の生産、貯蔵、移転または使用の制限を定めたもの という意味で使用することとする(*10) 。国際人道法の目的が文民、傷病者、捕虜の保護であり、軍縮法の目的は平和の維持、安全保障である(*11) 。これら2つのアプローチは本来異なるものであるが、オタワ条約が発効すると、対人地雷による無差別の殺傷から文民や兵士を保護することを目的として、国際人道法のアプローチによる規制の枠組みと軍縮法のアプローチによる規制の枠組みが併存することになる。
 本稿では、CCW改正第二議定書とオタワ条約の内容の分析や評価を通じて、これらの条約の実効性を明らかにする。その上で、対人地雷による文民・兵士の死傷をこれ以上防ぐという目的の達成にはどちらのアプローチによる対人地雷の規制が有効であるかを議論することを目的とする。
 第1章では、第2章以降の議論の前提として対人地雷の兵器としての特性と現在における対人地雷の被害の状況などを紹介する。第2章では、国際人道法の根本的な原則である文民の保護と過度の傷害を与える兵器の禁止という原則についてその発展を述べる。第3章では軍縮条約においては実効性を左右する条約の履行確保手段について、発効している多数国間の条約に沿って概観する。これらの議論を踏まえて、第4章では各国による対人地雷の輸出モラトリアムについて触れつつCCW改正第2議定書の内容を紹介、分析して実効性を論じていく。第5章では、オタワ条約条約の策定までのオタワプロセスの経緯をのべ、オタワ条約の内容を紹介、その実効性の分析を行う。最後に結びにかえて、条約を調印した日本政府が今後対人地雷の廃絶に向けて何をすべきか若干の示唆を提示する。


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