職人 (石工)

(「地域芸術学」への風 その7)

中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie

                            

 わたしは職人が好きだ。上質な職人が。彼らは経験から素材の非常に微妙な性質を知っており、そしてそれを加工するすぐれた方法を独自に見出している。そしてそれによって人並み優れた仕事ができ、そして少しはよい収入が得られるのだ。

 たとえば石工。飛騨高山の猟師橋本繁蔵さんから聞いた話だ。橋本さんは学校を出てはじめは石工をしていた。橋本さんの話では、飛騨の青石のような堅い石はなかなか割れない。それを割る秘訣は矢(三番底突き)の先を練っておいて尖らせないことだという。石は尖った刃先で割るのではなく、先端を鈍角にして、石と刃先とのあいだに少し空気がたまるようにして、その空気に加わる圧力で割るのだそうである。そのとき手先が少し狂っても折れないように刃先を練っておくのである。

 その秘訣を身につける。それが藝になる。それによって人より少しでも多く仕事ができるようになり、少しでも多く仕事がもらえるようになる。

 その本当の秘訣を、職人は誰にも教えない。人の技を見て盗み、そして独自の研究を加えてゆく。石工であれば矢(鑿、鏨)はもちろん自分で焼いて作る。鍛冶のできない石工に名人がいるはずがない。

 職人にも名人がおり、並みがおり、そしてヘボがいる。厳しい世界だ。ヘボでは生活してゆくこともむずかしい。まねごとをして楽しんでいられる世界ではない。その清潔さにわたしは惹かれる。



このテキストとほぼ同じものが
『きらら』 2006年5月号
(京都造形芸術大学通信教育部発行)
に掲載されます。
《地域芸術学への風》
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玉依姫という思想
---小林秀雄と清光館---




有職紋様:綺陽堂