飛騨に生きる人々と技(3)
江名子バンドリの美しさ
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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江名子バンドリの美しさ

 バンドリとはもともとムササビのことだという。それは「晩に飛ぶ鳥」ということから付けられた名のようである。そして、飛騨・越中地方では蓑のことをバンドリと呼ぶ。それはムササビの形姿からの連想のようだ。また飛騨では、ミノというと、むしろネコダに似た、背あてのことを指すのだという。江名子バンドリ制作の継承者、藤井新吉さんによれば、山形の方では、このバンドリとミノの関係がちょうど逆になっているという。つまり、山形では、バンドリというと背あてのことで、ミノというのが蓑のことなのだそうである。ともあれどちらの地方でも、「バンドリ」とはムササビの姿からの連想でつけられた名前であろう。


 江名子バンドリも、それを身に付けたところを見ると、ムササビの恰好によく似ている。そしてそれは肩から背をおおう背蓑の部分と、腰をつつむ腰蓑の部分からなっている。背蓑は全体が扇のように、下にゆくほど末広がりに広がっており、またその真中の、背筋から腰にかけてをおおうところがひときわ長くなっている。こうした末広がりの形を作るために、ヨメトリ、ヨメヒロイという技法が用いられる。下にゆくほど広がるようにさせるために、ガタなどと呼ばれる横紐にかかるごとに、藁を増やしてゆくのである。これをヨメトリという。普通は四本、最後は三本だけ増やすという。
 そしてヨメヒロイというのは、横紐にかからず浮いている藁に新たに四本の藁をからませて、そうして紐に編みこんでゆく技法のことである。こうして下にゆくほど、藁の本数が増え、うまく末広がりになってゆく。
 背蓑の背筋にあたる部分が長いのは、横紐の段数を増やすことによってである。横紐は基本となる一段から五段までのオオガタ、六段目の二番ガタ、七段目の三番ガタ、次の二段のフタオトシ、最後のセドオリからなる。しかしサイズによって、八段目までだったり、十段めまでだったりする。こうして段数を増やすことによって、背筋の部分を十分長く作ることができるのである。
 また背蓑・腰蓑の端のところには、藁とともにシナノキの薄片が編みこまれる。これは表面に出て、バンドリ特有の美しさを作り出しているが、もともとは縁を丈夫にするためのものだという。また表面上方には、藁が、数段にわたって黒の麻紐で編みこまれている。これもバンドリの美しさに大いに貢献している。
 しかし、この江名子バンドリの、何よりも大きい特徴と思えるのは、それに使われる藁が、藁の中でも一番先端の一節だけだということだろう。その穂先につながる細く丈夫な一節の、二、三十日間水に浸けられて、すっかりアクがとれたものだけが使われている。他に類を見ない江名子バンドリの強く繊細な美しさは、まずもってこの細い藁だけを使うことから来ているように、わたしには見えるのである。

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