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最近熊が痩せている、ということを橋本繁蔵さんから聞いた。実際山に入り、猟師として熊の生態を常々観察している人の話なので、信憑性はきわめて高い。そしてそれは、樹を伐ったためにエサが少なくなったからだろうという。熊はナラやトチやブナの実をよく食べる。ところがナラやトチなど、百年以上もたって大きな樹にならないと、実をたくさんつけない。丹生川村の奥の山は、昔は大森林だった。しかしそこに営林署が入って、大きな樹を二、三十年ですっかり伐ってしまったという。ヒノキも、天然のものが昔はあったのに、今では百年物はもう一本もないという。そうして今、山が荒れている、という。
伐採した樹から生える、ひこばえと言うのだろうか、小さな新芽は、カモシカの好適の食料になる。植林された小さな樹の新芽もそうである。そうして今カモシカは、営林署による伐採のおかげで、相当に増えているようである。ただ、最近の情報として、去年、今年と、病気のカモシカが多い、流行性の病気がはやっているのではないか、という話を、丹生川村の村上能亮さんから聞いた。
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以前、山形県の小国町で、森の自然環境の管理をしつつ自らも熊狩りのリーダーをしている舟山堅一さんから、カモシカが増えすぎて、熊がカモシカを食べるようになり、そうして肉の味を覚えてしまうのが心配だ、という話を聞いた。次は人を襲うようになるかもしれない、という心配である。
橋本さんにそのことを尋ねてみた。すると最近、上宝の笠谷(かさだに)の下ケアイで、雪の上を転がるようにして熊がカモシカを襲っているのを見たという。また、丹生川の沢上谷(そうれだに)の神輿(みこし)滝の近くで、熊が、カモシカの臓物を食べて、食べ残したのを見たことがあると教えてくれた。橋本さんの話は、正確な地名とともに語られる、とても厳密なものだ。
ツキノワグマは食肉目に分類されるが、本来植物食で、それと蟻や蜂蜜などを食べる程度であり、いわゆる動物食はしない、と言われている。それがカモシカを襲うようになっている、ということは、山の森の環境がとてもおかしくなっている、ということを意味しているであろう。今、飛騨の山の奥も、それを知る人もないまま、相当に荒れてしまっているようである。
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四月に岐阜県庁を訪ね、自然環境森林課の宮部辰男さんに話を聞いた。しかし岐阜県では組織的な鳥獣の調査をしておらず、熊やカモシカがどこに何頭ぐらいいるのか正確なことはほとんど分かっていないということだった。ただ毎年、狩猟としてどの地区で何頭が獲られ、また有害駆除として何頭獲られたかという数字資料だけが手元にあるだけだということだった。近い内に、岐阜県でも、秋田県でなされているような、熊やカモシカなどの実数と増加数の調査が必要になるであろう。今日のところ、おそらく狩猟者だけが、動物にとっての、山の、荒れた、本当の姿を知っているのである。
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