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六月の初日、御嶽山の東麓、木曽福島町の役場に樋口清さんを訪ねた。木曽福島の教育委員会の人に、このあたりの熊狩りについて話をうかがえる人を紹介してほしい、とお願いしたところ、町の助役である樋口さんを紹介してくれたのだった。御忙しい時間を割いて、熊狩りについて話を聞かせてくれた。それは大変明晰で的確なお話しであった。
木曽福島については、以前私の大学の学生が、そこの出身で、自分の家のトウモロコシ畑に、夜、タヌキやイノシシや熊が出て食べにくるのとどう戦うか、というテーマで、とても魅力的なレポートを書いていたことがあった。それで、とても身近な気がしていた。そしてその学生からは、畑を荒らしに来る熊を捕らえるべく、山の上の方に檻を仕掛けているのを見たが、こんなもので本当に捕まえられるのだろうかと思っていたところ、翌日、本当に熊が入っていたので驚いた、という話も聞いたことがあった。山村で農業生活をする人の立場からの「熊」である。
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樋口さんは、木曽福島町の熊沢のあたりを主な狩場にしている。そして熊狩りはいつも特定の仲間と二人でする、といっていた。穴熊狩りであり、しかも岩穴を専門にしている。この辺りには、樹穴も全くないわけではないが、岩盤の性質として岩穴ができやすく、熊の籠る穴もたくさんある。樋口さんはそれを熊のアパートと呼んでいたが、ここでは岩穴猟だけで十分なのである。そして狩猟頭数も、今は二十頭に自主規制しているという。
樋口さんたちも、熊の籠る岩穴について、それはすべて、自分たちで岩という岩を調べて見つけたもので、先人から聞き伝えたものはない、という。そしてまた、別の誰かと組んで熊狩りに行くということもないという。熊穴の情報は、やはりとても貴重なものなのである。そして狩りに出る時は、一日に五つぐらい穴を見て、三つぐらい熊が入っているという。こうして、この辺りで行われている熊狩りは、もっぱら岩穴の穴熊猟なのである。
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樋口さんに、さらに出熊の巻狩りについて尋ねてみた。樋口さんによれば、長野県で巻狩りが行われているのは、北部の、雪の多い栄村だけであり、そこでは雪が深くて、一、二月に熊穴まで行けないのではないか、ということであった。そのため、三月、四月ごろ、雪がカチル(固くなる)ころにならないと熊猟ができないのではないか、ということであった。この、雪が深くて山奥の熊穴まで行けない、ということを、私は吉城郡宮川村の人からも聞いた。
この時、私はうかつにも、秋田からマタギが入り、熊狩りの技術を伝えていることで知られる秋山郷が、この栄村にあるということを忘れていたのだが、この樋口さんの言葉は、私に、東北、北陸を含めて、巻狩りというものが、むしろ雪深いところでやむを得ず行われる熊猟ではないか、という見方を、明瞭に示唆してくれたのであった。
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