飛騨に生きる人々と技(37)
高山陣屋の榑
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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高山陣屋の榑

 今年の二月六日、高山陣屋を訪ねた。陣屋の前畑登喜雄さんの榑(くれ)へぎの技を見せてもらおうと思ってである。話を聞くと、前畑さんは、飛騨の里で榑へぎを見せてくれた山口末造さんとは、古川町で同じ師匠さんから技を習ったのだそうである。だからお二人は兄弟弟子にあたるのである。前畑さんはまだ五十五歳の若さであり、あるいは前畑さんは飛騨で一番若い榑へぎ技術伝承者かもしれない。陣屋で前畑さんは、ネズコの榑へぎを見せてくれた。
 ネズコはヒノキ科の喬木であるが、前畑さんの話によれば、昔は位山によい材があったのだという。神岡の方にはまだあるけれども、むこうの方の木は材質が固く、榑が割れやすいのだそうである。そこで今では営林署の協力を得て長野県から仕入れている。なかでも王滝村のものは一番大きく、一番いい。しかし長野県産のものは地元のものと比べて油ッ気が少なく、耐久性に多少問題があるかもしれないという。まだ使い出して十年ぐらいで、様子を見ているところだが、少し黒い点々が出るのが早いようだ、ということであった。


 ネズコの榑へぎは、とてもあっさりした印象だった。御蔵の屋根に使う二尺五寸(約七十五センチ)長、二分五厘(約七・五センチ)厚のいわゆる長榑(ながくれ)を剥ぐ作業でも、榑木に万力を当て、木槌でたたき、そして軍手を着けた左手をその万力の上に置いて裂け目を拡げてゆくと、それだけでそのまま下端まできれいに板が剥がれていっていた。クリ材の榑剥ぎのように、二、三センチ進んでは様子を見てまたさらに進めてゆく、というような細かい気づかいは、あまりしないでよいようである。
 陣屋ではさらに、役宅の屋根は熨榑(のしぐれ)もしくは半榑(はんくれ)とよばれる一尺五寸(約四十五センチ)長、一分五厘(約四・五ミリ)厚のネズコの榑で葺かれている。また正面玄関の落屋根(庇)の部分は、長さ一尺二寸(約三十六センチ)、厚さ一分五厘のサワラ材によるコケラ(柿)葺となっている。サワラはネズコ以上に高価な材質である。このネズコやサワラは、『飛州志』に飛騨の榑木として出ているものである。陣屋の屋根をこうした高級な材料で葺くことには、これまた長い伝統があるように見える。


 こうして陣屋には三種類の板葺き屋根があるわけだが、これら三種類の屋根の内、蔵の長榑だけは釘止めされず、容易に差替えができるようになっている。そして五年ごとに表替え、上下替えをして二十年間もたせるのである。熨榑は鉄釘で止める。だから差替えをせずにそのまま二十年もつようによく材料を吟味するのである。コケラ葺は竹釘で止める。しかしコケラは陣屋では作っておらず、いわば外注だそうである。いずれそのコケラ葺を作る方にも話をうかがいにゆきたいと思っている。ともあれ飛騨にはこのように、とても細やかな木の使い分けの文化があるのである。

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