飛騨に生きる人々と技(39)
タカスの中を調べる
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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タカスの中を調べる

 二月七日の熊猟で、橋本繁蔵さんはわたしの体力や登攀力を考慮して、道から比較的近い熊穴を選んで案内してくれた。とはいえそれでも雪道の中、百メートル以上は登らなければならない。しかも雪はまだやわらかく、カンジキをつけていてもズンボリ(もぐり)こんでしまうのである。橋本さんたちは、スリムな体形で、十センチ程度の落ち込みですむのだが、わたしは橋本さんたちより二十五キロほどよけいに重さがあり、彼らの足跡の上を歩いても、時にひざまで、場合によっては股までズボッてしまうのである。すると一歩を進むのにも、足を抜くのにも体力を使い、短い距離といっても相当に体力を消耗してしまうのであった。
 橋本さんは、とてもバネのある歩き方をする。細身で、身長があって、バネがあるというのは典型的な猟師の一つのタイプであると物の本で読んだことがあるが、まさに橋本さんはそのタイプの人である。折敷地に住んでいた頃は今の倍ほども足がはやかった、と橋本さんのお兄さんの正雄さんが言っていた。正雄さん自身も山歩きには馴れた人で、普通の人よりはずっとはやいのだが、それでも繁蔵さんは自分の倍もはやかったというのである。天性の猟師というものがあるのだということを橋本さんを見ていると強く感じる。


 わたしが熊穴のあるところに着いたのは、橋本さんたちからずいぶん遅れてである。わたしが着いたとき、橋本さんは、栃の古木に登り、十メートルほどの高さにある穴から中の方を調べていた。橋本さんたちは木穴のことを一般にウトウと呼ぶが、こういう高いところにある穴のことは、秋田の阿仁の方と同じく、タカス(高巣)という言い方もするらしい。わたしたちが探していたその穴には、残念ながら熊は入っていなかった。しかし、この冬一度は入っていたようで、幹には熊が登った爪あとがはっきりと残っていた。やはり、十二月が暖かだったために、奥の方に移動したのであろう。


 それから道に戻り、枯れ木のあるところを探して昼食をとることにした。橋本さんたちは、一見しただけでどれが枯れ木かということが分かるのである。そして枯れ木を集め、適当な長さにひき、横から見ると三角形になるように積み重ね、火をつけるのである。それはとても手際のよいことであった。

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