飛騨に生きる人々と技(41)
熊を撃つ
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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熊を撃つ

 わたしが熊穴のある古木にたどり着いたとき、猟師の橋本繁蔵さんたちはもうかれこれ一時間近く待ってくれていたようであった。その間、もし熊が穴から出ようとしたならば、すぐその場で射撃がなされていたはずだ。しかし幸い、そのウトウ(樹穴)の中の熊は、その間おとなしくしていてくれたのである。そのトチの木は目の高さで直径一メートルは優に越える大樹だった。三百年ではきかない、四百年ぐらいだろうということであった。

 登ってきたわたしの息が落ち着くまでの間に、橋本さんは、いざという場合のわたしの逃げ道をこしらえてくれた。わたしは木穴から五、六メートル離れたところでビデオカメラを構える準備をしていた。逃げ道とは、そこから上の方に行けるように、雪を踏み固めてくれたものである。熊が穴から出て、万一射撃に失敗した場合、熊は撃ち手を襲うか、あるいは下の方に逃げるかで、まず上には登らないのだそうである。
 その上、今回は、わたしたちの安全を考えて、穴の入り口に、十センチ径ほどの丸木を差し入れ、それを田屋さんがしっかりと押さえ、入り口をふさぐようにしてくれたのである。橋本さん一人で猟をするとき、あるいは猟師二人でするときは、橋本さんはこのように入り口をふさぐことはせず、逆に穴から熊を追い出して、外で勝負をするのである。  さらにもう一つ、熊が、わたしたちが構えている穴の左手側面、谷側十メートルほどの高さにあるタカス(高巣)の穴から出て逃げてゆく可能性があった。その場合にはわたしは少し左手に行き、タカスから出る熊を撮影し、そしてその逃げてゆく熊を撃つところを撮影するということになった。こうして段取りが決まった。やや水気の多いぼたん雪が、さきほどから降り始めていた。

 田屋さんが丸木を木穴に差し入れると、すぐに、反応があった。真っ暗な木穴の開口部に、白っぽいものが見えてきた。白っぽいものは熊の鼻で、熊は外の様子をうかがっていたのである。すかさず銃が撃たれた。橋本さんはこちらを振り向き気味に「一つは撃ったでな」と言った。手応えはわたしの所からでも感じられた。しかそれから二十秒もたたないうちに再び白っぽいものが見えた。そして再び銃が撃たれた。今度も手応えは見えたが、しかしこれで終わりというわけではなかった。

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