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二発目の弾を撃って、猟師の橋本繁蔵さんはこれでもう一応は仕留めたと思ったようである。警戒しながらではあるが、たばこを取り出して、火をつけた。そして、「これは三ッかもしれんぞ、分からんな」と言いながら、薬きょうを抜き、銃に次の弾を装填した。そしてそれから、銃を、銃口を多少外向きに上にして雪の中に差し立て、熊穴に近づいた。近づいたといっても、小足で一、二歩近づいただけのことである。そしてそれも、田屋明平さんが熊穴に差し込んでいる丸木にそって近づくのであり、充分に警戒しながらのことである。しかし、近づくとすぐに、樹穴の中をのぞき込むまでもなく、穴の中から熊の息が吹き上がってくるのが見えた。わたしのいるところからでもそれは充分はっきりと見えた。フ、フという熊の激しい息づかいまで聞こえた気がした。熊の怒りであり、いきどおりであっただろう。わたしのところからでは、それが何頭いる熊のうちの、何頭目のものなのか、まったく分からなかった。母熊は、仔熊が生まれた次の年の冬は、普通オスの仔熊と穴に入って冬眠するものだという。そして場合によっては二頭の仔を連れて一つの穴の中で冬眠することもあるのだという。今のこの場合がどのケースなのか、わたしにはよく分からなかった。また橋本さんにも、必ずしもはっきりとは分かっていないようだった。今はっきりと分かっているのは、少なくとも一頭の怒っている熊がそこの樹穴のなかにいる、ということだった。
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橋本さんは早口でつぶやくように「待った待った待った」と言いながら、急いで銃を差し立てていたところに戻り、取って構えた。そして熊の頭が、差し込んでいた丸木の上に出るのを待った。その間ずっと熊は息を吹き上げていた。この時はフ、フ、フという熊の激しい息づかいが、はっきりと聞こえた。それから三発目の弾が発射された。弾は確実に命中した。
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田屋さんは、差し込んでいた丸木を下ろそうか、と橋本さんにたずねた。橋本さんは「まだおるねん。三ッや」と言いながら、再び銃に弾を装填し、雪中に差し立て、細く長い枝を手にして熊穴に近づいた。そしてそれを熊穴に差し込み、まだ他に生きている熊がいるかどうか確かめようとした。
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