飛騨に生きる人々と技(44)
確認の時間
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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確認の時間

 橋本繁蔵さんが、三発目の弾を撃ってから、ひとまずの確認が終わり、「たいてい大丈夫やで、これで」と言うまで、約一分の時間が過ぎた。それから、丸木を支えていた田屋明平さんが「何か触るような気がする」と言い、それでさらに確認を進め、「これはチビや」という判断に達するまで、さらに一分の時が必要であった。「チビや」と言ったとき、橋本さんの念頭にあったのは、こんな小さい熊が一頭で冬眠しているはずはないので、この同じ樹穴の小さな熊の下に親熊が重なっているか、そうでなければこの付近の別の樹穴の中に親熊が眠っているはずだ、ということのようであった。橋本さんはこの時、この樹穴の小さい熊の下に、親熊が重なっているのかどうかを確かめようとしていたのであろう。
 「これはチビや」と言ってから、橋本さんは樹穴の中に頭を突っ込むようにしてのぞき込み、目を凝らした。それから、樹穴の内部の、視線をさえぎる小さな出っぱりをノコギリで切り落とし、さらにのぞき込んだ。しかし眼ではそれ以上確認できないようであった。そして再び細枝を差し込み、つついていった。つついていれば、もしもうひとつ中に生きた熊がいるのであれば、必ず動き出すのであろう。橋本さんは「もう少し待ちゃ、(我慢)できのうなりゃ出ちゃ(=出てきて)、動くでな」と言っていた。
 しかし何の動きも感じられなかったのであろう。そのつつきもほどなくやめて、橋本さんは、差し込んだ丸木の位置を変えるように田屋さんに指示を出した。丸木の位置を変えるのに一分ほどかかる。そして今度は穴の口の右側のほうから細枝を差し込み、穴の中をのぞき込みながらつついて、反応をみていた。それから一分も経たないうちに、橋本さんは樹穴から離れ、「弱ったなこれ、撃ち込んでしまったでな」と独り言のように言った。そして田屋さんに向かって、「もう大丈夫やど」と言った。もう生きている熊はいない、次は穴から引き出す作業だ、というわけである。それから、わたしの方を振り向いて、一言「小せえもんや」と言った。
 三発目を撃ち込んでからここまで、約六分の緊迫した時が流れた。樹穴の中の確認は大変危険な作業であり、たとえば雪上で、撃ちとめた熊の生死を確認するよりもさらに大きな危険がともなっていたであろう。その危険な作業を、橋本さんは、ただひとりでしていた。責任をもって。本物の猟師なのである。

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