飛騨に生きる人々と技(45)
熊を穴から引き出す
中路 正恒
Masatsune NAKAJI
nomadologie


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熊を穴から引き出す

 穴の中にいるのが小さい熊一頭だけで、それも仕留められた、ということが確認されてからも、その樹穴の中に倒れた熊が引き出されるまでには、しかしまだ相当の時間がかかった。それは穴の入口から、穴の底までの距離が相当長く、ただ手を伸ばしただけでは、倒れている熊にまで手が届かないほどだったからである。それで、まずは伸ばした手が最大限下まで届くように、脚場を組み、後からまたさらに二、三度足場を組み直した。  しかしそうして脚場の位置を工夫しても、頭をつかんででロープをかける、というようなわけにはゆかなかった。やっと指が触るかどうか、というところまでしかゆかなかったのである。毛を持ってたぐろうとしても、毛を掴むまではゆかないのである。手が伸びやすいように、穴の内側の出っぱりを少しノコギリで削っても、毛を掴むところまではゆかなかった。
 そこで、四センチぐらいの太さの枝をもってきて、それを穴の中に差し込み、熊の身体の向きを変え、何とか熊の足に手が懸るようにと試みた。猟師の橋本繁蔵さんは、今、右の腕に故障をかかえていて、この引き出す作業は、すべて曳き手の田屋明平さんがやっていたのだが、何度試みても熊の足が掴めるようにはならなかったようである。
 橋本さんは、叉になっている枝を見つけてきて、その一方の枝を切り、鳶口(トビクチ)の口を少し長くしたような形のものを作った。その鳶口のところに熊の脚部を引っかけ、引き上げて、その足先が掴めるようにするのである。そうして熊の足にロープをかけ、引き上げようというわけである。
 このやり方は相当見込みがあるように見えた。すぐに熊の脚部が引っかかったようであった。とはいえ一度で足が掴めたというわけではない。橋本さんと田屋さんが二人がかりで二度三度と試みて、やっと熊の足にロープをかけることができた。最終的に、足首の、しっかり利くところにロープをつないだのは橋本さんであった。ロープは一センチほどの太さの木綿製のものである。引き上げると、まずロープのかかった左後足が見えてきた。橋本さんがそれを掴み、田屋さんがさらに穴に手を入れ、右後足を掴んだ。二人がかりで樹穴から引き出され、小柄な熊が雪の上にころがった。二年子(にねんご)だろう、ということだった。引き上げを始めてからここまで、結局、三十分以上の時間がかかっていた。

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