徳島編(下)


19番札所立江寺から24番最御崎寺まで

ギャラリー200人。それでもウミガメは産卵する


大浜海岸のウミガメは5月下旬から8月下旬
にかけて産卵に訪れ、多い年では100頭ほど
がやってくるという。昨年は15頭とふるわな
かったそうだが、今年はこれで54頭目。多く
も少なくもないそうだ。多ければ一晩に3頭
がやってくることもある。この日のウミガメ
は甲羅の全長が84センチ。それに頭手足があ
るので、竜宮城につれていってくれそうな頼
もしい大きさだ。
 七月二十七日。前日夜にみつけた民宿を出発する。今日の予定の徳島県阿南市で一時間に三四ミリという猛烈な雨が降ったと、テレビニュース。きょうも低気圧が停滞するという。幸い、朝は降っていなかったので朝七時に出発し十九番立江寺で納経をすませ、二十番鶴林寺までは約十四キロだがこのうち五キロは登山道。前日の三十キロ踏破で、思いのほか足が重く約五時間かかって到着。ちょうど昼だったが、食事はおろか自販機もベンチもなく、中学校以来だろう、水道に口をつけて水を飲む。

「上陸」連絡システム

 二十一番太龍寺、二十二番平等寺を経て列車を使って二十三番薬王寺のある日和佐に。ホテルの男性は宿泊申込書の「追記」欄に「カメ」と書きながら「ウミガメが上がってきた場合の連絡は何時までいたしましょう」と聞く。ウミガメが売り物の町、日和佐ならではのサービス。連絡が入ったのは午後八時半すぎ。

 「ウミガメが上がっておりますので、すぐにおでかけください」  大浜海岸はふだんの照明灯にもバケツをかぶせて暗くしてある。浜には二百人くらいの観光客が群がっている。ウミガメの周囲一メートル四方に梯子を置いて、その回りから二百人が群がって見物する。ウミガメにしてみれば、たまったもんじゃないだろうが、産卵中は多少明るくしても大丈夫という。

 回りは押すな押すな。「おい入れ替わって見せろ」「よくみえないぞー」「私、顔みてなーい」「よかったねー、カメさん見られて」「そこの人、フラッシュはだめよ」などなど大混雑。三―四十分の間にピンポン玉より四割ほど小さい卵を約百二十個産んで海に帰っていった。「うみがめ管理組合」があって、町の委託で四人が、五月二十日から三カ月間パトロールするそうだ。午後七時から翌朝の四時まで、海岸線を歩いて、ウミガメが上がってくる「足跡」を見つけたら近郊の旅館やホテルに連絡する。大変な苦労だろうが「管理」という言葉はなじまないなあ。人間にウミガメを管理する権利なんてあるんだろうか。

 それにしても、これじゃウミガメの産卵ショーである。夏休みの絵日記の題材にはなるのだろうが、それ以上の何ものでもないウミガメが可哀相で仕方がない。  

 

 

遍路が「お」四国と呼ぶのは
優しさが身にしみるからだ


室戸岬から室戸の町へと向かう途中、大平洋に向かってそそりたつ山の風景
が広がった。室戸は漁業基地。威勢のいい漁師たちが大平洋の荒波にカツオ
やマグロを求めてこの雄大な景色の中、出かけたのだろう。室戸の町で薬局
のおやじさんと話していたら「高知は歩くしかないな。鉄道の便は最高に悪
いよ」とのこと。話し込んでいると「人が減るから鉄道がなくなる。だいた
いこのあたりもマグロ漁業の町だけどね、昔は栄えたがいまは漁業がだめだ
。それに船に乗ろうってやつがいない。そこの水産高校だって学生はインド
ネシアからいっぱい来てるよ。そいつらが日本のマグロ船をささえてるんだ
よ」とため息混じり。「いつからこんな時代になったのかね」。     


 七月二十八日。ウミガメの町・日和佐を出て高知県入り。二十三番薬王寺で納経帳に記帳していただいた後、室戸岬までは約八〇キロあり、歩いて三日かかるという距離なので、JRとバスを使って二十四番最御崎寺に参拝し、二十五番津照寺まで大平洋を左手に見ながら六・八キロを歩くことにした。出発という段になって驟雨に襲われた。雨具に身を固める。中はぐっしょりだ。

遍路同士一緒に洗濯

 ズボンの替えを送り返してしまったので、ここ三日ばかりはき続けているが「臭い!」。ちょうど福岡では金鷲旗、玉竜旗大会が行われているころだが、あの会場の臭いを彷彿とさせる。お遍路さんのユニホーム・白衣にも汗は染み込み、首から下げている輪袈裟にも汗が吸着されて異臭を放っている。結局、輪袈裟は絹だけど、強引に水洗いし、白衣は着用をやめてしまった。

 この日は室戸の町の遍路宿に泊まる。私は宿につくなりズボンの臭いが気になっていたので洗濯する。足にサロンパスをべたべた貼って洗い場にいると、四十歳くらいの女性が私の足を見て「あなたの足もすごいわね」と話しかけてきた。大分から来たこの女性は、無計画に歩き遍路を始めたものの、室戸岬に向かう途中で足を痛めて立ち往生してしまったという。装備もちゃんとしていないので、足はマメだらけというのに八〇キロの長丁場を歩き始めたのだから、無謀だ。へたり込んでいるところをドライバーが拾ってくれて、この宿まで連れてきてくれたのだそうだ。お遍路さんたちが「お四国」と「お」を付けて呼ぶように、四国はお遍路さんには優しく、ありがたい土地だ。洗濯を終えて、風呂に入り、さて夕食に出ようかと思ったら、ズボンは干しているので外出できない。この際、夕食はとらないことにした。

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