香川編(上)
71番札所弥谷寺から78番郷照寺まで |
しゅらしゅしゅしゅっと1045段。ずいぶん軽い
![](kompira.jpg) |
ひとり旅の若者に写真を撮ってもらう。写真を撮ってもら
うために声をかけるのが、旅先での手っ取り早いコミュニ
ケーションの糸口。とはいえ、写真を撮ってくれた若者は
カメラの操作がわからない年配者に撮影をたのんだところ
、20分かかって1枚もとれなかったのだそうだ。それもま
た、旅のひとこまか。
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八月十日。 七十一番弥谷寺(いやだにじ)にでかけ、弥谷山への登山コースになった。朝八時、ホテルを出て弥谷寺に向かおうとすると、駅前にちょうど、その方面行きのバスが待機しているところだった。バスの清掃などをしている運転手さんに「このバス弥谷寺入り口に行きますか」と聞くと「行くけど、ここから乗ると高うつくから、JRで詫間まで乗って、そこでこのバスが待っとるからそっからのりぃ。そのほうがちいと安いでぇ」とのこと。話のとおりJRに乗って詫間で降りると、この運転手さんが待っていた。「早うのりぃや」。もちろん僕のために待っていたわけではなくて連絡しているのだろうが、ありがたいことだ。
バス停から、だらだらと四十分ほど坂を登ったあと、二百六十段の石段を上って本堂に向かう。そののち、七十二番曼荼羅寺、七十三番出釈迦寺、七十四番甲山寺、七十五番善通寺にお参りして、JRで金比羅宮へ参拝。こんぴらさんといえば、七百八十五段の石段で有名である。弥谷寺とあわせると、この日、合計千四十五段を登ったことになる。距離にして約二十キロを歩いてからの石段登り。しゅらしゅしゅしゅっと軽々登ったわけではないが、旅を始めた当初と比べると、信じられないくらい楽になっている。ホテルの風呂で恐る恐る体重計に乗ると七五・五キロ。夕食前だが、当初から四キロ減ったことになる。肉屋に行って牛肉四キロ買ったことを想像すると、けっこう減っているような気がする。
老若男女がお参り
金刀比羅宮は、さすがに人がいっぱいだ。高校総体の高校生たちもいっぱい登っている。ここでは卓球をやっているらしく、小柄な選手たちが登っているし、相撲もやっているようで、卓球選手の二倍くらいの大男も登っている。いずれも階段は弱いようで、辛そうだ。子どもたちが、親の手を引っ張りながら登っている。カップルが手をつなぎながら登っている。寺ばかりを回ていると、寺はどうしても年配者が多く寺のたたずまいも「枯れて」いるので、神社にこうして老若男女が楽しそうに御参りしている姿は、とても華やかで楽しそうに映る。観光地ということで、沿道のみやげ物屋の活気もうれしい。
歩いていて渡された現金
疲れを見透かされたよう
八月十一日、ついに夏バテである。午前八時に琴平を出発して善通寺に戻り、そこから歩き始める。天気予報によると、高松地方の最高気温は三七度だという。腹具合が良くないということはあるが、特にどこが痛いとかいう感じはない。どうも身体が重いのだ。喫茶店で朝食は取ったが、食欲がない。七十六番金倉寺、七十七番道隆寺、七十八番郷照寺を回って、きょう歩いたのは十八キロくらいだろうか。夕方四時ごろ、やっと何か食べられそうな状態になった。きょうの宿は坂出。瀬戸大橋のたもとである。先月二十一日にこの橋を通ってお四国に来て二十日。やっと一周してきたわけだ。
朝から相次ぐお接待にあった。善通寺を出て歩いていると、原付バイクのおばちゃんがひょいと横に止まった。私の顔をにらみつける。最初は何事かとは思ったが自分のこととは思わずに歩いていたら「あんたっ、お接待や」と言って千円札を差し出された。私も、路上で見知らぬ人に現金の施しを受けるというような場面に、生まれてこのかた遭遇したことがないので、お接待は拒んではいけないとは言いながら「あっ、いやっ、そんな困ります」と言ってしまった。おばちゃんは厳しい表情で「これはな、あんたに遣るんやないんや。お大師様に上げるんや」と言う。そう言われて、そうだお接待を断ってはいけないんだと思い直し、両手を合わせておばちゃんを拝んで、受け取った。「身体に気をつけてお参りしいや」と言ってブルルと立ち去った。このお金はお賽銭にあてよう。
そう思って歩いていると、今度は軽ワゴン車が脇に止まり「お遍路さん、お遍路さん」と呼ばれた。そういえば、人からお遍路さんと呼ばれたのは初めてだ。あ、俺のことかと振り向くと、「お遍路さん、お接待しよか」と、おばちゃん。「お酒もあるけど、これのほうがいいやろ」と、差し出されたのは冷たい缶入りのお茶だった。どうやら酒屋の配達らしい。車道で車を止めてくれているので、すぐに駆け寄って「いやぁ、すいません、ありがたくいただきます」と、いただいた。おばちゃんは「がんばってや」とすぐに車を走らせた。身体が重い私を見透かしたようにお接待。本当にありがたい。さすがは弘法大師の生まれた善通寺。地元が生んだ偉人への誇りもあるのだろう。人情身に染む経験であった。
さらに道隆寺で納経をお願いするとお寺の方から「歩いてるんですか」と聞くので「ええ」と答えると、缶コーヒーをいただいた。その後にも、酒屋の店先の自販機でジュースを飲んでいると「ここ来て座りぃ」と椅子を出していただいたりと、物好きで歩いている私に、心遣いありがたいことであった。
それにしても、接待受けて悪いことばかりする連中は、こういう接待の心について考えてほしいものだ。官僚の皆様にも、ぜひ一度はお遍路することをおすすめしたいが、政教分離の原則に反するのか!?