医師職の教育研修−その考え方と進め方

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医師職の教育研修−その考え方と進め方

隔週刊「病院経営新事情」(産労総合研究所) VOL.206・2000年3月5日号
特集:職員教育研修事例


病院経営新事情No.206   従来、医師の需要と供給のアンバランスから医師の採用に当たっては、病院側の意志よりも医師側の意志が重要視される傾向にあった。特に、地方の民間病院であればあるほど、医師の採用に苦心するケースが多い状況にあった。これは、医科大学の新設により医師数が増加した昨今においても未だ解消されない事実である。そこでは、若手医師の都会志向により、大都市において医師は充足され、地方においては不足状態のままであるという現実が存在する。この傾向は医師のみならず、すべての産業や医療職においても同様であり、地方の魅力の創出による若年労働力の確保に注心しなければならないのが現実であろう。

   しかし、実際に患者が存在し、患者のために病院があり、また良質な医療を目指す以上、採用時における医師の選択と採用後の教育に重きを置かざるを得ない。さらに、採用後に一人一人の医師における生産性の向上を支援する努力が病院組織として必要になってくることは当然と考える。

   最近、医療界の外ではネット関連企業の勃興がめざましい。これら企業の特徴はカリスマ的なリーダーによる強い牽引力とアジル(俊敏な)経営にあると思われる。旧態とした病院組織においても、これからの厳しい医療経済状況を予想するならば、同様な経営手法にシフトする必要性があると思われる。そこでは、病院の目指す明確な方針を実現するための能力(コンピタンシー)開発が必要となる。医療の中心となる医師においても例外とすることなく、病院としての意志とリーダーシップを持ってコンピタンシー能力を引き上げさせる仕組みが必要となってこよう。

   また、医師の研修に際しては医師の中でのメリハリを持った階層化も必要であると考える。さらに、病院に関わる情報の中で「医師が知る情報」「医師が知らなくてもいい情報」「医師が知るべき情報」を整理し管理していく必要もあろう。

  1. 医師の採用に対する考え方
  2.    当恵寿総合病院は、能登半島、石川県七尾市に位置し、一般454床、20診療科、1日外来患者約1,100名、平均在院日数20.4日、常勤医師数50名の施設である。教育研修施設の認可は取得していない。このような背景のもとでの現状を報告する。

    1)医師採用における個別性 〜一般医療職との違い

       終身雇用制の終えんを告げる社会のトレンドはあるものの、パラメディカル、事務職を含めて一般医療職の採用に当たっては、終身雇用を前提として採用を考慮する。そこでは、採用時の面接や経歴を重視し、さらに採用後の教育研修体制も、病院の職員として管理者が考える「あるべき姿」を目指した内容となる。当院ではこれら職員に対して、就職年数、業務内容、職制ごとに教育研修委員会主催で年7回の研修のほか、応対セミナーやあいさつ運動などが行われている。
       これに対して、医師に関しては、終身雇用制はすでに完全に崩壊しており、スキルアップ後の転職や開業は日常茶飯事であるといってよい。また、医療におけるヒエラルキーとパターナリズムの問題が取りだたされてはいるものの、現実問題として、医療行為の責任と指示系統は法的に医師に集中している。したがって、医師に医療のリーダーシップを求めざるを得ない。そこでは短期にリーダーとしての指導力、人間性に重きを置いた教育体制が求められることになる。

    2)医師の供給元 〜一本釣りvs 派遣?

       最近、医師の採用に当たっては、雑誌広告のほかに、民間企業や病院団体、さらには医師会などにおけるリクルート組織が多数存在する。また、地元出身者本人からやその親族からの自薦、他薦の機会に遭遇する。いわば、医師の「一本釣り」的供給ということになる。
       これに対して、大学病院が、いわば人材派遣業者となり、医師を供給する体制がある。大学医局の顔色をうかがいながらの派遣要請となる(図表1)。
       この2つの供給形態における最も大きな違いは、退職勧告にあるように思われる。すなわち、医療技術のみならず、先に述べた指導力や人間性に欠如した医師の処遇ということになる。一般病院においては、これら不適確医師を在籍させることによるイメージダウンを見過ごす余裕や経済的余裕はあり得ないはずである。
       前者においては、病院側から本人への直接の勧告であり、またその後の補充の保証はない。後者においては、あくまでも派遣人事であり、正当な理由をもって大学医局に申し出ることにより、異動という形で退職可能である。しかも、その後の補充は保証される。さらに、派遣という形で試験採用した医師に対して、昇格人事を通しての「一本釣り」も可能となる。この前提として、大学医局と病院との間の信頼関係が極めて重要であり、また大学医局に対しての勇気と理念を持った申し出が必要であることはいうまでもない。
       このような理由から、当院においては、原則として医師の「一本釣り」は行わない方針にある。そして、大学医局や派遣される医師に対して、いかに当院の臨床的、学術的、経済的環境が魅力的であるかをアピールすることに注心することとしている。

    3)医師の階層化の重要性

       医師には二つの階層が存在するように思われる。ひとつは一般の医師として患者診療にあたる医師である。もうひとつは病院のリーダーとして患者診療のみならず、他の医師や職員に対する教育、さらには経営的側面からの協力ができるいわばエクゼクティブドクターである。
       エクゼクティブドクターの良否は病院の根幹に関わる部分である。前述のように試験採用し、その人となりを見据えた上で採用を決めることでその質の確保が可能であると思われる。医師の教育や研修の際にも、さらに処遇においても、階層にメリハリをつけることは重要なことであると認識している(図表2)。

    図表2 医師の階層化
    一般医師エクゼクティブドクター
    役割兵力看板(カリスマ)
    病院側から求めるものいいお医者さん
    (患者受けのいい医師)
    指導力、病院への貢献
    給与年功序列能力(業績)給
    研修体制臨床的側面臨床+経営的側面

  3. 医師の教育体制
  4. 1)初任時研修

       いかに派遣人事であるといえども、給与を支払うのは病院である。したがって、病院の一員として病院の理念、地域的背景、病院のシステムを理解させるかが重要なこととなる。しかも、医師数の関係から、即戦力として一時間でも早く現場に溶け込ませるかもカギとなってくる。
      そこでは、一般職員のように日数をかけた初任時研修を行う余裕はない。 この部分で当院においては、一般職員が教育研修委員会のもとで体系的に研修を行っていくのに対し、医師には直接院長、医局長、事務長が半日をかけた集中講義による研修を行うこととしている。内容としては、医師の倫理規範から、心構え、地域の特性などを独自に作成した資料で説明している。具体的には院内の約束事、組織、方針、勤務医マニュアル、当直医マニュアル、保険診療上の留意点、さらには「べからず集」にいたるまでの資料を配布、告示している。また、当院ではコンピュータによるオーダリングシステムを稼動させているため、この使用法を含めたビジュアルなプレゼンテーションと実際にコンピュータ端末を使用した研修となっている。

    2)継続研修

       継続研修の場は、主に医局会としている。病院、院長の方針、さらに経営戦略などをすべての医師への周知を旨としている。また、医局会時に、各専門医によるミニ講演会なども開催している。
       臨床手腕そのものは、学会に委ねるところが多い。学会参加費を含む出張旅費の保証はもちろんであるが、病院負担の見返りに学会より帰院後の報告書の作成を義務づけている。さらに、エクゼクティブドクターに対して、病院側で選択した病院の管理などに関する研修会への出席を依頼し、いかに自院が劣っているか、いかに自院が優れているかを比較検討させ、意識改革の一助にさせる工夫を企画している。

  5. 医師への支援体制
  6.    昨今の診療情報の開示要求に応えるための診療録の整備、介護保険制度に関わる書類の作成など医師の負担は年々増大する傾向にある。そこでは、医師の本来業務に特化させ、その他の業務の削減を図るスタンスが必要となってくるように思う。

       まず、学術的な支援として医局内にインターネット専用線を敷設し、各個人のコンピュータまで常時接続の環境を整備した。また、和文文献検索に対応するため、医学中央雑誌のCD-ROM設置、さらにスライド作製やデジタルビデオ編集機能をもつOA機器などを整備している。また、薬剤情報(日本医薬品集LAN版)や救急プロトコール、中毒情報などはイントラネットで院内のすべてのオーダリング端末で参照可能な環境を整備している。

       また、診療面ではオーダリングシステム1)やそれに付随する電子クリティカルパスシステム2)などで医師の転記作業を徹底的に削減した。

       さらに、経営的な側面では、薬品、医療材料、さらに検査外注代金の価格交渉や在庫調整は全く現場の医師が関与することではない(医師が知らなくてもいい)というスタンスに立った。これらの交渉や管理業務は経営者や事務部門がすることであり、医師の本来業務ではないからである。薬事審議会、診療材料委員会に正当な理由を持って申請した物品に対しては、納入価を気にすることなく、臨床的判断のみで思う通りに使用できる体制とした。すなわち、これを「質とやる気を落とさないリエンジニアリング」3)と銘打って、全病院的な取り組みを行った。

  7. 医師のモチベーションとコンピタンシー能力の開発
  8.    アジル経営のためには病院としての意志を持ったコンピタンシー能力の開発が重要であることは前述した。そのためには医師の評価や臨床科単位としての評価が重要となる。正しい評価と適切な診療環境があってこそ、医師のやる気(モチベーション)が高揚するものと考える。

       すべての医師が納得できる評価の指標の策定は現実問題として困難を極める。当院においては、まずエクゼクティブドクターに対して目標管理とヒアリングという指標をもって行っている。さらに、ヒアリングの際には、病院側から提示できる資料として、患者数、手術件数、検査件数や医療収入等の医事統計資料と原価管理システムに基づく医師別収益、疾病別収益などもあわせて提示している。徹底したヒアリングとディスカッションにより、病院が求める「あるべき姿」と医師側の思いのすりあわせを行うこととしている。

       すなわち、医師のモチベーションの高揚には通信簿的な評価ではなく、いかに価値ある仕事であるかを病院側と医師側が共有することにあると思う。これは、プロ野球選手の契約更改交渉に類似するかもしれない。

       また、一般医師に対する評価はエクゼクティブドクターを通しての評価を中心に据え、、患者アンケート、投書、さらにはパラメディカル職員からの評価に積極的に耳を傾け、派遣元との交渉に利用している。

       医療政策の流れは、急性期と慢性期、プライマリー・ケアと専門医療、保険診療と自費診療、本業以外のアウトソーシングなどといったキーワードで括ることができる。これは物事にメリハリをつけることであると理解できる。医師の研修においても、すべての医師に対して同様な扱いをする時代からメリハリを持って、その役割に応じた研修体制を組むことが妥当であろうと思われる。

参考文献

1)神野正博:日本版マネジドケアに対応した情報化戦略。日本醫事新報 No.3842:68-70,1997
2)神野正博:クリティカルパスは手抜きのためのツール!?。看護展望 24(3):26-29,1999
3)神野正博:病院管理フォーラム−院内トータルシステムにおける物品管理。病院 57(12):1142-1143,1998

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