クリティカルパスは手抜きのためのツール!?

My Articles

クリティカルパスは手抜きのためのツール!?

月刊「看護展望」(メヂカルフレンド社) 1999年2月号
特集:クリティカルパスの今
クリティカルパス−その運用のために留意すること


看護展望99-2月号

はじめに

     クリティカルパスは「医療の質の標準化と向上を図る欠かせないツール」として、ここ数年急速に普及しつつある。特にここ1〜2年は、ひとつの流行として、数多くのセミナーが開催され、書籍が出版されてきている。そこでは、あたかも医療の変革のための万能のツールの如き扱いがなされ、これを導入しない医療機関は遅れているような表現すら見えることもある。
     しかし、クリティカルパスの導入は各々の医療機関にとって何のために、どういうメリットを目的とするのか(しなくてはならないのか)といった方針なくして成功するはずはないものと考える。まして、看護部門だけの取り組みでよしとするならば、失敗は目に見えているように思われる。すなわち、クリティカルパスの導入は、医療機関全体の継続した業務改善の一貫としてなされるべきであると思われる。
     ここで、クリティカルパスの一般論は本特集の他稿に譲り、執筆者の中で唯一の病院経営者という立場で本稿を進めてみたい。

クリティカルパス導入にあたって

     クリティカルパスはその歴史をひも解くと、もともとマネージドケアと訴訟の国であるアメリカにおける「最少の資源で最大の質を」といった考え方に起因するツールである。したがって、そこではヒト・モノに関するコストの問題が第一である。さらに、訴訟に耐え得る質の問題が第二となる。
     これに対して、日本は将来的な予測は別にして現状では出来高払いの国である。確かに昨年末に発表された98年度国民医療費の予測においては、年度始めの減少の予想を覆し、前年度の29兆1500億円(推計額)を2.5%程度上回る可能性があるということである。しかしながら、公私病院の経営は実に70%の病院で赤字であるというのも事実である。私は病院に限らず、企業経営というものはその時々の制度、市場、顧客、技術に「したたかに」適合していかなくては生き残れないものと考える。したがって、日本においてのクリティカルパスは「最少の資源で」ある必要はなく、経営の安定化と「患者の納得する最大の質を」求めていくことも重要であると思っている。

スピード経営とナレッジマネジメント

     前項において「したたかな」適合について述べた。特に昨今の医療制度において、国の財政問題を担保として、猫の目のように制度改変が続く。この中で、看護料の届出要件として、平均在院日数は昨年の10月より2対1看護では30日から25日に、2.5対1看護では30日から28日となった。今後、21日、さらには14日と改変されていくことが十分予想されている。
     しかし、現行制度上の平均在院日数のしばりは25日なのである!何も先読みしてこれ以下にする必要はないのである。確かに、在院日数が短くなれば患者単価は上昇する。といって、空床を抱えてまで短くする必要はない。地域の患者動向をにらんだ各医療機関における需要と供給のバランスから戦略として在院日数を規定していく必要がある。
     つまり、経営の時間軸を短くすることによって、その時その時の制度に自院が最も有利になる在院日数を規定していけばよいわけである。わが国におけるクリティカルパス導入のメリットとして在院日数の短縮化が声高に叫ばれている。闇雲にこの点を強調することに、経営面からの警鐘を鳴らしたい。
     このような視点に立つと、クリティカルパス導入に関しては、ナレッジマネジメントの面を強調したい。新しい制度変革に即応するスピード経営のためには、院内のノウハウ(ナレッジ Knowledge)というものを管理しておく必要がある。ベテラン医師、ベテラン看護婦、ベテラン事務職員のみが持っていたノウハウを、新人医師、新人看護婦、新人事務職員でも共有し、活用できる仕組みである。そこでは診療面だけではなく、クリティカルパス作製により、自院にとって「医療の質と経営面」における最良の組み合わせを模索し、いつでも変化させることができる体制が必要があることを強調したい。

業務改善の流れとしてのクリティカルパス

     医療はヒトによるヒトに対するサービス業である。したがって、そこにはそこで働く職員のモチベーションが重要となってくる。経営面からだけの視点ではやる気をなくしてしまう。しかし、民間医療機関にとって赤字は許されないことである。そこで、業務の流れをゼロから見直し、さらに質を確保するべく「質とやる気を落とさないリエンジニアリング」が必要となってくると思われる。そのような視点で、当院では診療材料や薬剤の無在庫外部管理から始まって数々の新しい仕組みを立ちあげてきた1)2)。また、診療情報の共有化のツールとして統合オーダリングシステムによる情報化を推進してきた3)()。
     私は、クリティカルパスもある日突然、脈絡なく導入されるツールではなく、各医療機関における業務の改善、質の向上運動の中の「単なる」ひとつのツールとして位置づけるべきであると思う。
     そのような観点に立って、クリティカルパスの導入メリットをあげてみたい。

  1. 患者のメリット
  2.      本家のアメリカよりも日本においてこの点が強調されてきている。日程表がクリティカルパスに基づき作製されることにより、退院日を含めた先の見通しが示される。これにより、インフォームドコンセントに寄与するとともに、在院日数も規定される。情報の開示と自己責任というトレンドに十分応え得るものとなる。ただし、バリアンスが生じた際の失望感は大きいかもしれない。
         また、標準化し、その医療機関における最良の治療が提供されることにより、医師、看護婦の「あたりはずれ」が少なくなる。

  3. 病院のメリット
  4.      クリティカルパスを作製することにより、各疾患におけるヒト・モノにかかわる原価管理が可能となる。それと同時に薬剤や材料の供給見通しが立てられることになる。例えば、医師の裁量で決まっていた術後の抗生物質投与は、各手術の術後感染起因菌の科学的な調査とヒアリングにより、理論的に最良の抗生物質が選択される。バリアンスが生じない限り選択された抗生物質はその科の売れ筋商品となり、納品・在庫管理と受注価格交渉が可能となってくる。すなわち、クリティカルパス作成にあたっては、商品名を規定すべきであり、それが病院運営に寄与していくことになる。

  5. 職員のメリット
  6.      業務改善のためのクリティカルパスを目指すならば、最も強調したい点となる。医師と看護婦はパス表に従い、しかも漏れなく指示を出し、診療計画を立てる必要がある。これにより、パス表からの拾い出し作業という新たな、しかも「単純な」転記作業が発生する。これでは職員のモチベーションは高揚しないし、また業務の改善につながらないと思われる。
         ここでは、職員の業務の改善につながる、すなわち「楽になる」「手抜き」ができる仕組みが必要と考える。高齢化社会を背景とした複雑な疾病構造に対応できるパス表の作製は現実問題として困難と思われる。そうであれば、全体の患者の2割の「典型的な疾病の」患者にはクリティカルパスを適応し、指示、転記作業の徹底的な削減(手抜き)を図る。残りの複雑な8割の患者に対しては、個別性を重視し、医師と看護婦は2割の患者で削減された余力を存分に発揮する。といったような「めりはり」を目指したツールとするべきであると思われる。

当院における実践例

     前述のようなめりはりをつけた「手抜き」という考え方のもと当院ではフルオーダリングシステムと連動し、コンピュータ上でクリティカルパスを選択することですべてのオーダーや看護ワークシートに反映されるソフトを開発した。
     すなわち、コンピュータ上で、医師がパスを選択した時点から、パス表に規定された日数分の投薬、注射、検査、食事、処置、不定期指示(疼痛時や熱発時指示)、清潔援助(入浴や洗髪など)から観察項目、教育項目、他科受診日までが指示書、処方箋、検査伝票や看護ワークシートに反映されるシステムとした。先に示したように、薬剤等は商品名記載のため一切の指示が完結することとなる(図)。

クリティカルパスコンピュータ画面

おわりに

従来のクリティカルパスの議論が、在院日数の短縮化を除いて病院経営という視点では乏しかった。今回、経営と職員のモチベーションという新たな視点を展開し、また当院における実践例を提示した。皆様からのご批判をお待ちしたい。( E-mail: kanno@keijumed.com)

参考文献

1)グラフ;リエンジニアリングの展開と患者本位の診療体制づくり, 病院, 57(6):489-494, 1998
2)神野正博:院内の物品管理の考え方, 病院, 57(12):1142-1143, 1998
3)神野正博:日本版マネージドケアに対応した情報化戦略, 日本医事新報, 3842:68-70, 1997

恵寿総合病院における最近の取り組み

平成 6年12月 診療材料院外SPD化
平成 7年 5月 臨床検査LAN稼動、外注会社一社化
平成 7年10月 薬剤在庫管理システム、納入卸一社化
平成 8年 3月 インターネットホームページ開設
平成 8年 7月 大型医療機器共同利用開始
平成 8年10月 事業所内PHSシステム導入
平成 8年10月 放射線デジタル画像処理システム
平成 9年 1月 統合オーダリングシステム稼動
平成 9年 4月 医療費クレジットカード払い導入
平成 9年 4月 病院デイケアセンターオープン
平成 9年 6月 自家発電、コジェネシステム導入
平成 9年10月 イントラネットサーバー稼動
平成10年 3月 医療機能評価認定
平成10年 9月 開放病床オープン
平成10年10月 病院−直営診療所間の診療情報オンライン化
平成10年10月 オーダリングシステムと連動したクリティカルパス導入

My Articles 目次に戻る