本連載で、恵寿総合病院のIT化の歩みとその戦略について述べてきた。これまでの歩みは、経営基盤の強化、業務の効率化、医療の質の向上などを目的としてきたものであった。それは、とりもなおさず、ITを利用した情報の一元化によって関連施設を含めたわれわれのグループの強みを最大限に生かすことを狙ったものであった。すなわち、他のグループからの差別化戦略の他ならないものであるといってよいだろう。
しかし、時代の流れは、大病院に対して紹介率のアップと在院日数の短縮化というような急性期病院として、あるいは地域支援病院としての役割と機能を求めている。そのためには、戦略上で連携という視点はなくてはならないものとなってくる。もちろん、連携の柱となるものは、フェイス・トォ・フェイスの人間関係であることはいうまでもない。今まで、本連載において、ITが最も得意とするところはモノの管理や情報管理であることを強調してきた。連携の中心はモノではなく人であり、しかも相手がいることなのである。やはり、顔の見える医師や病院同士の連携は強固なものになるに違いない。したがって、ここではITは主力となり得ないように思う。しかし、ITならではの連携をこれからの選択枝の1つとして加えることができるならば、連携の幅を大きく広げることになると思われる。
このような背景を踏まえた上で、本編ではITを使った連携について紹介することとする。
本連載のその4「CRMの視点」(VOL.281・2003.7.20)で、けいじゅサービスセンター(コールセンター)について詳述した。コールセンターの目的は、当初において介護保険利用者へのサービスの一元管理ということであった。したがって、その目的達成のために、コールセンターを設置した事務室の隣席には、在宅推進課のケアマネジャーを配置し、お互いに協力していくことで、コールセンターにおける回答内容の質の向上を図った。
しかし、時の経過とともに、コールセンターには、その他の付加価値が備わってきた。最も大きな価値は、声や紙によるアナログ情報とITを推し進めてきた結果として蓄積されていくデジタル情報の橋渡し役である。ITに蓄積された情報、例えば数ヵ月後の検査予約を、実際にその時点で患者に受診勧奨をするのは、アナログ情報としての電話の声ということになる。こういった価値の変遷とともに、ケアマネジャーを隣席に置かなければならなかったコールセンターの役割も変わっていったのである。
そこで、在宅推進課を、より外回りに便宜が図れ、しかも在宅患者とその家族からの相談を受けやすいロードサイドの別棟へ移転させた。そして、コールセンター横には地域連携室を配置した。地域連携室は専任者2名体制である。
地域連携担当者の本来業務は、先に述べたように、院外の連携医と院内の医師や職員との間のフェイス・トォ・フェイスな情報交換の手助けであろう。したがって、事務室に座ってデスクワークに徹することはできないし、してはならない部署と考える。
しかし、ここへの連携医や紹介医からの連絡や問い合わせに即座に応えることも連携という観点からはきわめて重要なものとなる。そこで、コールセンターが窓口となり、得られた情報をコールセンター職員はマニュアルに従って、関連部署への連絡、確認や予約を行ったり、デジタル情報へ変換してプールさせておいたりすることになる。また逆に、ITに収納された情報から連携医へ定時の報告を紙(信書・FAX)や声によって行うことも可能となるのである(本連載のその10「教育・研修の視点」VOL.295・2004.3.20 資料1参照)。
地元医師会との協定により、当院には10床の開放病床が設置されている。診療報酬上、連携登録医にメリットのある共同診療に関しては、いかにITを利用したとしても病院のベッドサイドへの訪問が必要条件となってしまう。しかし、連携登録医が時間的な制約がありながらも患者のことを気にかければかけるほど、診療報酬上のメリットを度外視してでも、患者の状況を知りたいという衝動に駆られると推察する。さらに、退院後の継続した治療のために、当院に入院中の詳細な記録を参照しなければならない可能性もある。そこで、今月から、インターネットを経由した電子カルテ閲覧システムを提供することとした。
具体的にこのシステムは、患者本人と連携医、そして病院主治医の3者の合意を前提としている。合意を確認した後、病院の電子カルテ情報から、その患者個人の情報だけを電子カルテシステムとは切り離された別なサーバーへXML(Extensible Markup Language)という言語で落とし込む。このサーバーはインターネットに接続されており、外部からは病院で発行したID番号とパスワードでログインすることで、一般的なホームページを閲覧するソフトウェアで、電子カルテを見ることが可能となっている(資料1-4)。
ここで見ることができる情報として、患者情報(住所や生年月日など)、検体検査結果、画像検査所見、手術記事、医師診療録、退院サマリー、看護記録、検温照会、病理結果、カテーテル記事、薬剤師記録、薬歴管理などを提供し、また診療予約、画像検査の予約、当院の空床照会や診療情報の提供機能なども備えている。
このシステムの今後の展望として、まずは病院主治医が自宅のインターネット環境によって、自分の受け持ち患者の検温表や検査データ、さらには看護記録を閲覧することができるものである。これは、現状のシステムの運用法を変えることによって可能となるものであろう。また、次に患者本人が自分のカルテを自宅で閲覧するシステムということになろう。これも連携医と同様に患者にID番号とパスワードを付与することによって理論的には、ソフトの改変なく対応可能なものとなる。
もちろん、セキュリティー対策は厳重なものとしている。
現在、さまざまな分野でサーバーを持たないで、最新のソフトウェアを利用する仕組みが確立されてきた。ASP(Application Service Provider:アプリケーション サービス プロバイダー)といわれる。電子カルテの領域においては当初、国はサーバーの院外設置を認めていなかったものの、その普及促進とセキュリティーの強化などからか、院外設置によるASP事業が認められるようになったと認識される。日本医師会のORCAプロジェクトや熊本市におけるDolphinプロジェクトのほか、複数のベンダーからもASP型電子カルテが発売されているようである。
当院においてもASPを利用して現在当院で供用している電子カルテと全く同じ環境を提供する事業を本年4月から開始した。まずは、同月市内で新規開業した医院(内科・小児科)を対象に、専用線でASP事業を行うこととなった。特別医療法人としての収益事業という位置付け以上に、連携強化に計りしれないメリットがあると考えている。
すなわち、お互いが許可したときに限られるもののデータの共有化が可能となり、また新規開業医にとって、当院および関連診療所で使用しているシステムを利用することにより、当院で蓄積されてきたレセプト発行とレセプト監査のロジックを共有することが可能となるのである。
従来は、患者の視点に立って患者中心に紹介、逆紹介をするといった連携が中心であったし、今後も最も重要な要素となるに違いない。しかしながら、今後はそれに加えて、経営の視点からの連携というものも成り立つような気がする。
すなわち、地域というフィールドにおいては、フェイス・トォ・フェイスの関係のなかでの診療材料や薬剤などの共同購入もありうるし、本業を重視する連携医にとってわずらわしく思うレセプト代行なども可能なことになるであろう。
さらに、IT化によってフィールドをもっと広げることが可能となるならば、上述の共同購入や事務処理などといった事例に加えて、臨床研修、職員の教育研修から、資金調達まで広がった病院間アライアンス(同盟、連合)を組むことが可能かもしれない。
12回にわたって、「恵寿総合病院の・・・」と不遜にも、病院名を頭につけたIT戦略論を連載させていただいた。ITの目的として数々あげられるのが常であるが、今回のように、ナレッジ・マネジメントの視点、CRMの視点、安全管理の視点、情報管理の視点、情報伝達の視点、標準化の視点、教育・研修の視点、経営の視点、連携の視点といった切り口で事例とともに戦略を述べたものは、他書にないのではないかと自負している。
医療機関にとってIT化の道は、頭脳的にも、肉体的にも、さらには経済的にも決して容易なものではない。そのような中で、本連載であげた視点での事例が、さらに膨らんでいくように努力していくことを誓って、次号Q&Aコーナーを最終稿として連載を終えたい。