[2006.01] [おもいつき] [ほーむ]
[2005.12]

おもいつきのきろく

2006.01

Well we know where we're goin'
But we don't know where we've been
And we know what we're known'
But we can't say what we've seen
And we're not chidren
And we know what we want
And the future is certain
Give us time to work it out

from "Road To Nowhere" (Lyric by David Byne @ Talking Heads)

<宿題&予定>
02/04 通院
02/08 or 02/09 (or 02/15 or 02/16) 通院
02/10 健保納付
02/24 引越

2006-01-31(火)

曇り,一時小雪@実家。

NTT東日本「ひかり電話」申込み。「全国均一 8.4円/3分」とか「基本料もお安くなります」とか言っても,結局 B FLET'S 分があるから,「電話」としてだけなら,「安い」とは言えないような…。開通は 2〜3ヵ月後とのこと。ということは,早くて 4月,遅くて 5月。やっぱり,それまでの 1〜2ヶ月は,メタルの電話を移設して,xDSL でしのぐしかないか。

郵便局行って,通帳記帳。

離職票 (1&2) 等と,年末調整の誤り分の現金書留届く。

ボウリング@タイトーアミューズメントシティ仙台。スコアはまだまだボロボロ。

NTT東日本・バーチャルショップ移転の申込み。

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2006-01-30(月)

曇り@実家。

散髪。

ビッグハウスで買い物。

スーパー銭湯。サウナ 5分 x 2。

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2006-01-29(日)

晴れ@実家。

昼ごはん。いくら丼@松島さかな市場

Matsushima Sakana Ichiba 松島さかな市場。

親戚の伯父さん (母方の姉の旦那さん) が正月に脳梗塞で倒れて入院している病院 (東松島市 仙石病院) へお見舞い。

塩竃神社・志波彦神社に参拝。

Shiogama Jinja Shrine 塩竃神社。
Nade-ushi @ Shiogama Jinja Shrine なで牛@塩竃神社。
Shiogama Jinja Shrine 塩竃神社。
Shiogama Jinja Shrine 志波彦神社。

農業園芸センター

Nougyou Engei Center 農業園芸センター。

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2006-01-28(土)

晴れ@実家。

午前中,留守番。

高校時代に生徒会誌 (『白亜』Vol.32 昭和60年発行) に書いた文章より。如何に自分が「進歩」「成長」していないか :-) 思い知らされる。大きな挫折を経験する以前の,若さ故の (?)「気負い」「気取り」もあって,気恥ずかしい部分もあるけれども,記録し直しておく (原文は縦書きだったものを横にするにあたり,若干修整。また,文中の「一高」とは 20年以上昔の岩手県立盛岡第一高等学校のこと)。「世代論」なんかは,事実誤認もあるけれども,そのままに。

案山子の考え休むに似たり

壱◇Que se ju?

 英国の詩人 T.S.エリオットに『うつろな人間たち』という作品がある。かのフランシス・コッポラ『Appocalypse Now 〜 地獄の黙示録』でマーロン・ブランド演じるカーツ大佐が朗読していたやつだ。エリオットは,現代は精神や情熱の不毛な“荒地”だと言った。我々の「頭にはわらがつめこまれている」と嘆いた。
 しかし,砂漠にいても,案山子は考える。

弐◇「伝統」考

 「伝統を守れ」という事が言われる。「伝統を受け継ぐ」というのもよく聞く。そして一高も (生徒の全体意思は不明だが)「伝統」という言葉が好きなようである。
 「伝統」というものは,しかし,意図して,または恣意的にうけとるべきものではないのではないか。換言すれば,「伝統」を受け継ぐために受け継ぐことがあってはならないのではないか,ということである。
 過去を否定すべきではなく,また否定できるものでもないが,同時に,無批判に信奉するのも考えものである。歴史には,現在や未来への判断の素材が埋もれており,先人たちの業績は相応に評価すべきでもある。しかし,過去の遺産が現在や未来において同様に有効であるとは考え難い。「ゆく河の流れは絶えずして,しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは…… (鴨長明『方丈記』)「祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響きあり。(『平家物語』) など古文の教科書を思い出すまでもない。時は移り (時は零 [ふ] る),人もかわる (変か,代か,渝か,「かわる」にはどの字をあてればよいのだろう) のだ。少なくとも過去は,現在の人間が建設したものではない。先人達が目指したものと,現在の人間のそれが,完全に同じであるはずがない。動機も発想も受けとり方も環境も違うからである。それなのに,方法だけが残るのは,如何なるわけか。
 土人踊りというのがある。男子は,あれで羞恥の神経が一本切れてしまう。行動への足枷というか箍がひとつ外れてしまうのである。現代のようにバカ騒ぎが好きな目立ちたがりの時代では,多少必然性も低下しているかもしれないが,良くも悪くも,大したイヴェントである。行動の動機を支える精神が形成される。
 もうひとつの効果がある。(具体ではなくイメージとしての) 一高に対するアイデンティティー,或いはエスプリ・ド・コーといったものが生ずるということである。(「効果」といっても,良悪の判断は含んでいない。「影響」に近いニュアンスである)
 例えばこういった精神的なものが,「伝統」の実体であり,また,“raison d'être”であろう。「オス」という挨拶にしても,蛮カラスタイルにしても,精神性が無くしては無意味である。内面の反映としての外面でなくてはならない (こういう発想は実は,現代ではネクラだと言われる)。ファッションの継承なら,やらない方がマシである。こんな事は,分かっている人には分かっていることに違いない (とすれば無駄なのか)。自己主張,或いは自己表現の手段として,服装に頼るのは,精神的幼児性のひとつの現れであろう。自己存在への不安が,内面の未熟さ故に,外形による自己の外界へのアピールへと走らせる。しかし,「伝統」の求める精神は,或一種の確立し成熟した精神である。「伝統」は,内面の不安を保償するためのものではないだろう。「伝統」は,そのような軟弱な精神を拒絶しているのであるから。
 つまる処,「伝統」は精神性の問題になるのだが,これが更に問題を内包している。「伝統」はまさにそれに自信をもつ精神によって保障される。即ち「伝統」に対する誇り,プライドによってである。ところが,そこに誇るに足る何ものかが無ければ,これは成り立ち得ない。今の一高に誇りなりプライドなりを持たないなら,「伝統」は成立しないのである。挨拶する事や服装の指導,清掃点検,そういったことにそれなりの価値を認めるに吝かではないが,それによって「伝統」が実現されることは,まず無いだろう。
 一高の「伝統」は,その実現にプライドを必要としながらも,プライドの成立が「伝統」の実現を必要とする悪循環に陥っているのである,と言えよう。
 こういう現象は,一高自身の体質から起きたものではなく,一高をも包括した社会に原因があると思われる。単に成績でふり分けられて入ってきた学校に,それ程魅力を感じないのも道理である。本来なら「岩手のセンター・スクール」「名門」等々の「おだて」の言葉は,プライドをサポートするものになるはずの処であるのに,むしろ屈折した自惚れを育てることになってしまっているのは皮肉な現象であるが,こうなっている事自体が既に問題が一高にのみ限られた事ではない事をしめしていると思われる。最近よく言われる偏差値の弊害なんかが,その表立った原因であるが,実際はもっとラディカルな処にあるように思える。前大戦後の新生日本の辿ってきた道とその中での社会構造の変化,その他諸々の事情が複合して出来たものが背景に在ると思えるのだ。
 しかし,「社会が悪い」で責任転嫁は出来ない。現在の我々も社会や歴史を構成するメンバーである,その中で危機に瀕しているものに直接タッチする立場にあるからである。同時に,その「伝統」の存続の選択権もまた,現在そして未来の人間の手にあることも忘れてはいけない事実である。

参◇Bureaucracy

 中学の頃,友人と一緒に三沢基地のオープン (模試ではない) に行ったことがある。生で見る聞くファントムやイーグル,ハーキュリーズなどは,軍事ディレッタントの私には,やはり感動モノであった。
 三沢には,空自と USAF がお隣りさんで在るのだが,芝生の所についての扱いの違いが面白かった。USAF の管轄の部分は堂々と芝生の上を歩いていいのだが,何故か空自管轄部分ではダメなのだ。空自の方を歩いていた小学生の男の子が警務隊に注意されていた。これは別に空自に限らず,官庁のクセである。大概の官有 (公有よりは官有の方が似合う) の芝地には,入ってはいけないことになっている。
 半村良のスラップスティック『亜空間要塞』に次のような一節がある。「管理者は,常に管理を目的としたシステムを編成する。禁止された芝生への立ち入りを犯す者が現われれば,芝生の補修強化よりは,何人も侵入することのできぬような制度を作り上げてしまう。芝生は踏むものから見るものにかわり,やがて芝生を踏むことは権力の威示儀式となってしまうのだ。」
 管理が管理の目的となっていく,それが権力の発展,腐敗に伴う必然であろう。役所に行けば (民間人なら) すぐわかるであろうあの非能率かつ権威主義的な空気。「手続き」というのは,手続きをするために在るのではないかとさえ思えてくる。「手続きのための手続き」が並び,セクショナリズムが蔓延する。学校では「高度に合理的なしくみである」とビュロクラシーが教えられるが,何をか言わんやである。あれでどうして「倒産」しないのだ?

肆◇Gott mit uns

 志望大学動向は,安全志向型になってきているらしい。おそらく調べてみれば,職業の選択も安全志向 (?) になるだろう。
 独断的に言わせてもらえば,これは「昭和40年世代症候群」である。これを極論的に説明しよう。
 学生運動は,1960年代にピークを迎え,70年安保後 (或いはヴェトナム戦争後),どうでもよくなった。担い手は,昭和10年代から朝鮮戦争頃までに生まれた人々であった。彼等が教育を受けたのはドン底から世界の一流へ向け走り出した時代である。彼等の親は,偏向的ではあったが儒教精神を叩き込まれた (これも良悪は別問題) おそらく最後の世代であり,その子供である彼等は,その影響を受けたに違いない。彼等の時代のスタートは,ドン底的状況から始まったのだが,考えてみれば,それは反って幸せなことだったかもしれない。努力するだけその報いがあり,常に生活水準は上向きで,先は明るいと言えた時期だった。そして彼等は「昭和40年代世代」の親の主な世代でもある。
 その次の戦後第二世代は,高度成長期の前期に育った人々が中心である。昭和20年以後の価値観崩壊の中で成長した世代である。人間の性格のオリジンは 5歳位までに大体決まるそうだが,彼等こそ「戦後」にその時期を過ごした最初の世代であったろう。彼等の育った時代が,「価値観崩壊」の時代 (の始まり) であるというのは,戦前の価値観の体系が崩壊したのに,それに代わるものがうまれなかった時代だったからである。植木等が「オレはこの世で一番,無責任と呼ばれた男」とエバッた時代に,彼等は育った。矢作俊彦・大友克洋の『気分はもう戦争でハチマキ君は怒鳴った。「いいか,よく聞きゃあれ! 俺は好きこのんで戦争してるんだ」「こう見えたって昭和30年の生まれだぜ!」「やりてェときにやりてェ場所でやって! やめてェときにやめるんだよ。」これこそこの世代の極論であろう。学生運動なんて流行らない,と言った時代の始まりである。
 さて,やっとメインの「昭和40年代」生まれに到達した。勿論,「40年代」といっても,その前後の境界は曖昧であり,2, 3年の幅が余計に加わるが……。また,私自身がこの世代であり,客観的独断の路線には些か不安が残るのも否めない。
 この世代の特徴は,一種の「享楽主義」にある。進路の安全志向化もその一部である。面倒,苦労,危険は避け,平凡な線を狙うのである。多くの収入は欲しがるが,以前のような立身出世主義に身を徹しようとはしない。嘗て商社マンは,海外派遣を目指したが,現在は海外へ「とばされる」ことを嫌がるようになったという。しかしその理由もいずれ「出世の妨げ」から「環境の変化を嫌う」に変わっていくだろう。この世代の基本的情報源であるテレヴィでは,価値観崩壊の時代を代表するガジェット人間がうじゃうじゃ出てくる。上昇志向なんか捨て去り,それがイイこととしゃべりまくる人間が出てくるのである。それこそ「形而上学のない」人々が,だ。
 昭和40年世代の育った,或いは育っている周囲には,物が満ちている。30年代世代のそれが,物が「増えていく」時代だったのに対し,この世代にとっては物は「初めからそこに在った」のだ。皇太子結婚とケネディ暗殺は,日本のテレヴィ普及率をグンと増加させたが,これらは 30年代後半の出来事であった。この世代こそ,オーディオ & ヴィジュアル文化を担う最初の世代であろう。
 三無主義,五無主義との批判は,より多くなるかもしれない。この世代にとって,外は初めから満たされているのであるから,外のために働かねばならないという発想は無い。必要が無かったから,育たなかったのである。教育制度や何かの理由ではなく,社会の流れが違ったのである。40年代世代は,利己主義を目指すのである。自己の安定を図ることが第一になる。逆に言えば,自己を確立し得ない故に,そういう方向へ向かうのであろう。
 そして,個人主義者にはなれないのも明らかである。自己を確立できずに個人主義は成立しないし,日本の精神風土はそれを許さない。その中で生きる人間は,それに甘えるという楽な手段を持っているのだ。昭和40年代世代も,個人主義者にはなれまい。

伍◇Aux Armes!

 「真面目にやってるやつの邪魔をするな」という。もっともなことである。が,不真面目派 (というよりは気紛れ派か?) の私としては,言いたいことが在る。
 前掲の言葉が,単にそれだけのものならば,別に構わないのだが,不真面目派に対する真面目の強制がときに見受けられる。真面目になることはきっといいことなんだろうが,真面目に取り組む権利があるのなら,それを拒否しては何故いけないのだ? やりたいヤツはやればいい。けれど,何故そこにやりたくないヤツまで巻き込むのだ?
 例えば,生徒総会。参加したくないヤツまで詰め込んでおいて「不真面目だ」はないだろう。興味を感じない話を 3時間も黙って聞いてるなんて,とても出来ることじゃない。政治に参加することが権利であるなら,参加しないこともひとつの政治意思である。それを「不真面目だ」と非難しても,意味は無いのじゃないか。現に,真面目な人間も不真面目な人間も厳然として在るのである。どちらを否定するのもナンセンスだ。
 ナンセンスで思い出したが,「一高生を信じています」調の浪花節にも困ったもんだ。別に個人として考えてるのは構わないが,公の場で堂々と言われると,実際疲れる。その場で聞いているところの一高生をおだてるためなら有益なこともあるだろうが,一般的にはどうも自己陶酔のように聞こえる (聞く方がひねくれてたりして)。
 勝負に負けたとき「勝てると信じていた」と言うのは,現状を認識していないのを発表するようなもんである。負けは負けであり,相手の方が強かったから負けたのである。何かが優れていたから勝ち,何かが劣っていたから負けたのである。練習の差,作戦の差,そしてツキだって実力のうちである。精神と具体とが,高いレベルでバランスしているのが,強いのである。「信じる」のは「根性」などと同じく,精神性の問題である。精神だけでは,勝てるわけない。
 「信じる」のは構わない。現実認識が伴わないのが問題なのだ。現在の一高生は,昔の一高生ではないのである。見かけも変わったが,精神も変わっていっているのであるのだ。現在の一高生が「信じる」にに足るものかどうか,現在の一高が「信じる」に足るものかどうか考えてから決めるべきではないか。その結果「信じるに足る」であれば,それでよい。その逆でもよいのだ。日本は (少なくとも建前の上では) 自由主義国であるのだから。

陸◇国語の時間 − 語義

教師「不幸という言葉は,どういう場合に使うでしょう?」
生徒A「ぼくの切手収集がなくなったようなときです」
教師「ちがいますね。そういう場合は不幸と言わず,損失というのです」
生徒B「ボール遊びをしていて,窓ガラスを割ってしまったときが不幸です」
教師「ちがいます。そういう場合は損害と言います」
生徒C「○○○○が死んだら,不幸と言います」
教師「よろしい。そうですね。その場合は損失でも損害でもありません」
− 知人に教えてもらったものである。○○○○には,お好きな人名を入れていただきたい。実際,こーゆーのを「ネクラフォービア」趣味と言うのだろうね…いいんだ,どーせ。

漆◇ИА РОАЕНУ!

 (壱から陸までの文も不快だったかもしれませんが,実はこの章はもっとラディカルなのでして,すみません)
 シミュレーションゲーム (以下 SG) 同好会設立が認められたのは,昭和58年9月20日の常任委員会においてであった。
 この時,興味深い意見 (というか感想というか) が当時の 3年生からでた。「SG とか言っても,結局は花札や麻雀と同じ『ゲーム』であり,道楽だから,学校でやる活動ではない」趣旨のものであった。その時は,湧き上がる反感を抑えて (印象を悪くすることをを恐れたので) 敢えて反論せずに流したが,ここで言ってしまう。
 SG は道楽である。その通りだ。これでメシを食おうというわけではない,本業ではないから,道楽だ。私は“Dilettante”を自称するが,ディレッタンティズムとは,学問や芸術を「道楽」にすることである。SG は大概,歴史,特に戦史を道楽にするものである。つまり,SG 同好会は道楽のための組織である。
 しかし,他の部や同好会だって,究極的に見れば「道楽」じゃないのか? 運動部だろうが文化部だろうが,その活動が学生の本業ではないだろうし,それで生来メシを食う者がそうそう在るとは考えられない。誰だって自分の好きな事をやっているのであって,他の誰のためでもないはずだろう。彼や彼女や友人につき合ってというのもあるかもしれないが,それでも結局本人の選択である。
 これの何処が「道楽」と違うのだ? きっと「青春を賭けている」人達は怒るだろう,「俺たちのやっている事を『道楽』なんて言うのは何事だ」と。起こるのは道理である。「道楽」と言うとき,そこには普通軽侮のニュアンスが含まれているからである。しかし勿論,私は他の部や同好会,そして SG 同好会を軽侮したちしていない。皆,好きな事を一所懸命やっているのである。否定などするものか。現存するものを無視できるか。誰かが精一杯やっていることを否定できるか。
 それでも,道楽は道楽である。生み出すものはどれも,自身を充足することだけなのである。

捌◇Armageddon

 純粋であるよりは,混然とした状態のほうが自然である。cosmos よりは,chaos のほうが現実である。現実認識は,カオスの肯定と等しいのだろう。
 現実に対する純粋概念の適用のひとつ,物理学も,不確定性原理を導入せざるを得なくなった。経済学は,とうの昔に純粋数学概念からは逸脱している。資本主義もそのオリジナルな形態である自由放任主義は古くなり,社会科の授業で学ぶように混合経済化が進んでいる。社会主義も人間の本性 [イド] には勝てずに,変貌へと向かった。科学もイデオロギーも思考も,全てカオスへと向かうのである。
 カオス化の原因は,人間の本質に在ることは疑えない。しかしより具体 (?) 的には,情報エントロピーの増大が大きい。情報の洪水にマヒしてしまう結果,情報の取捨選択,処理能力がパンクしてしまうのである。近い将来,人類が亡ぶとすれば,NBC (TV局ではない,核,生物,化学のこと) 戦争ではなく,エントロピーの増大に人間の脳がついていけなくなるときかもしれない。人間は脳のほんの一部しか使っていないというから,まだ救いはあるが。

玖◇Götterdämmerung

 どーも貴重な紙面を自堕落に使ってしまったようで…。ここに提示した全ての思考は,1970年代に流行ったあの「独断と偏見」の産物でありますから,一般性には欠けるやもしれません。ご了承下さい。勿論,文責はとりますが (と言っても一応「卒業見込み」ですがね)。

拾◇Addenda

 私は「右翼」ではありませんが,マルキストでもありません。(検閲により削除。地方情報委員会民政局) それでは,The Doors の名曲のタイトルで終わりませう (案山子の頭にはわらが詰まっているのでした)。

THE END

ついでに,部活動紹介の頁に載った文章も。

シミュレーションゲーム同好会
内気なディレッタント達

 「趣味糧食」[しゅみレイション」ではないという事実すら知らしめ得ずに在るという何とも情けない小ゲゼルシャフト,それが我々「シミュレーションゲーム同好会」の実態である。昭和58年9月20日の設立以来,無気力にも悲しい日陰者の身である。ま,ハデな同好会なんて思いつかないが (以下検閲により削除)。
 設立時には,初代会長 (イメージの悪い響きだな) の私めが大言壮語してみたものの会員からしてゲームをある程度やれるのが 4名程度というほとんどアンサプライというかアイソレイトな状態であった。即ち,最初の活動は,会員にゲームを教えることであった。時間はない,場所はない,人間が足りない,三拍子揃って,しっかりマーフィーの法則に準拠した。成果は不明である。
 さて,多少の (この場合多い事) 中だるみの後,対外プロパガンダをサブリミナル・アド的になさんとした。成果は不明である。
 知ってる方は知っているように,一高祭でも中心 (御存知のように録音室は校舎のほぼ中真心にある) で,独立宇宙系を創り出し,巨人広島戦や古代オリエント文明建設,小鬼 [オーク] 退治を行った。誰が満足したか,不明である。
 後輩諸君,実績にこだわる必要はない。自らの欲することを精一杯やって欲しい。

敵との最初の接触以後まで存続する作戦計画はない。− モルトケ

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2006-01-27(金)

晴れ,一時曇り@実家。

午前,短めの散歩。

ご臨終メディア - 質問しないマスコミと一人で考えない日本人」読了。「メディア」と「民意」,まだ期待できる余地はあるのだろうか。

午後,買い物とスーパー銭湯。

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2006-01-26(木)

晴れ@実家。

午後,散歩。晴れてはいるけれど,風は冷たい。日向は兎も角,日陰は寒い寒い。

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2006-01-25(水)

晴れ@実家。

午前中,留守番。

午後,クルマの修理 & リモコンキー再調達についていって,待ち時間にボウリング (10数年ぶり?)@タイトーアミューズメントシティ仙台。スコアはボロボロ。

トニー流 幸せを栽培する方法」読了。

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2006-01-24(火)

晴れ,一時雪@実家。

午後,スーパー銭湯。ドライサウナにも 5分 x 2回入ったけれど,入浴前後で体重は 50g しか減ってない。:-P

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2006-01-23(月)

晴れ@棲家〜実家。

家賃振込み。

引越し前の「休養」のため,移動。

Naraha Road Station 道の駅「ならは」。

松戸と仙台,何℃違うかな? さすがに寒い。

未だに現ライブドア社を「IT関連」扱いするメディアがあるのには,驚く他は無い。80年代土地バブルの時に (も),「光通信」社の時に (も)「勉強」しなかったのか? これまでどれだけの違法・不当評価の株式取引があったというのだ? それとも,本来の「IT関連」業界が「奴等は違う」と,ちゃんと説明してこなかったのが悪いのか。しかし,上り調子の時には持ち上げるだけ持ち上げておいて,一旦状況が変わると,叩きまくって正義漢面するメディアや政治屋には反吐が出そう。厚顔無恥なのは,「容疑者」供だけではない。結局,「大政翼賛」体質は何十年経っても変わらないのだな。こんなただの (証券取引詐欺などという) あぶく銭詐欺事件で報道が埋まっててよい程,この国の「現在」,そして「将来」に余裕は無いはず。

オリオン座,そしてシリウスがきれいに光り輝く夜空。

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2006-01-22(日)

晴れ。一時曇り。

居間の本の片付け・梱包。

不動産屋に行って,退去予定の連絡。

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2006-01-21(土)

雪。

通院。クルマのよく通るところは融けているみたいだけれど,歩道とか危なそうなので,(弱気にも) 自転車ではなく徒歩。次回の通院で紹介状出してもらうよう依頼。

2冊購入。

降る雪を見るのは今でも好きだけれど,積もった雪は大人になった今では困るだけだなぁ。しかし,なぁにが「関東南部でもうっすらと積もるかも」だ<昨日一昨日の天気予報。しっかり積もっている。電車にも影響出ているし。

スクマ語 (タンザニアで使われている言語) の諺 (「トニー流 幸せを栽培する方法」p.37)。

指で月をさしたのに,あなたには私の指先しか見えていない。

意味するところはきっと,「人からモノを知る」難しさのことなのだろうと思うけれども,別にとらえれば,とてもロマンティックにも。;)

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2006-01-20(金)

晴れ。

また,郵便局行って出金。銀行ATM 行って振込み x2。

引越し準備。少しずつ物を捨ててはいるけれども,1000冊以上の書籍 (雑誌除く…),300枚(?)くらいはあろうかというCD,数台の PC (と絡まった LAN),そして雑多な機械だのケーブルだの。更に,諸々の手続き。…途方にくれる。

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2006-01-19(木)

晴れ。

郵便局行って出金。銀行行って入金。一旦帰って,某所に電話問い合わせ。で,また銀行行って振込み。

NTT 電話料金支払い。

夕方また,郵便局行って出金。銀行ATM 行って入金。明日もまた,やらないと…。

土曜日あたり,関東南部でも雪がちらつくかも,という予報。あらら,通院予定日なのに。

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2006-01-18(水)

曇りのち晴れ。

内科通院。いつもは大抵,自転車で行くのだけれど,今日は歩いて。診療代+薬代で,けっこうな出費。

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2006-01-17(火)

早朝雨。曇りのち晴れ。

「住民税は市役所,所得税は税務署」。

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2006-01-16(月)

曇り。一時晴れ。

不調は,だいぶ軽くなった模様。でも,今日も,用心のため,おとなしくしてよう。

洗濯 1回。

離職票等届く。でも,2ヶ所ほど署名・捺印が不足,ということで,早速補完して,投函。速達ではないけれど,明日か明後日には届くことだろう。うまくすれば,今週中か来週明けには戻ってくるかな?

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2006-01-15(日)

晴れ。午後,うす曇り。

多少よくなったとはいえ,一昨日夕方からの不調,まだ残る。

洗濯 1回。

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2006-01-14(土)

曇りのち雨。

昨晩からの不調,今朝も若干残る。溜まった洗濯物だけ 2回だけ洗濯機に任せて,干したあと,また寝る。

灯油の残りがさみしくなってきたので,不調をおして,巡回販売で購入 (来週からまた値上がりするというし)。1,450yen / 18L。高い。

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2006-01-13(金)

曇り。

早朝,ローソン。

離職してしまったから,国民年金に加入しないとないので,とりあえず社会保険事務所に電話。どうやら社会保険事務所ではなく市役所の国民年金課が「担当」らしい (支所でも可)。年金手帳と離職票が必要。離職票はまだ届いていない (月曜? by ●) なので,手続きは週明けかな。

「13日の金曜日」か。別にクリスチャンではないから (ボーイスカウト時代には,カトリックの教会に行ってたりもするけれども) まぁ,無関係かな。

何だか不調なので,早めに就寝。とか言って,21:00 くらいに覚醒しちゃったけれども。脂汗たらたら。

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2006-01-12(木)

晴れ。

午前中から起きてはいたけれど,本当の「起動」は午後になってから。でもって,結局早めに眠ることにする。

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2006-01-11(水)

晴れ。

早朝,ローソン行って,食料等購入。

1冊購入。

実家に電話 (父)。引越しは,「目処」はつけて進めるけれど,「ゆったりと」進めると。夜中とかに「泣く」のは,どうしようもない。

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2006-01-10(火)

曇り。

早朝,ローソンに行って,食料等購入。

銀行入金@ATM。それに,健康保険料納付。

近所の KFC に行く (実は「初」)。

またも,少々長めの昼寝。

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2006-01-09(月)

晴れ。

う〜ん,起きてしまった@0800。多分,昨夜眠ったのは日付を越えているはずなんだけれども。やるべきことはいっぱいあるので活動時間が長いのはよいけれども,過負荷にはカラダとキモチが持たんはず。

,午後,少々長めの昼寝。ていうか,昼寝したら夜,眠れないかも (だめじゃん :-< )。

夜中に少々雪が降ったようだ。

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2006-01-08(日)

晴れ。改めて感じる,お天道様の力は偉大だねぇ。

途中覚醒はあったにしろ,少し長めに眠れる (睡眠導入剤無し)。いい加減眠りが足りないことをカラダが感じたのか,今日特別予定が無いことでキモチが足りたのか。ま,何にしてもいいことだ。寝てる間にペリカン便が来たらしい。Amazon からの配送 (2006/01/09-2006/01/11 の配送予定とメールが来てたのに)。

南に行く程,値段が上がるとはいえ,灯油 1,450yen/18L は高過ぎる。

Amazon からの配送受取り。1冊。

そして 1枚。

「〜2006/01/31 まで 5,000yen 値引き」とかのお知らせが届いてたので au ショップで機種変更の相談…のはずが結局,実行。A3014S→W32T。また,「マニュアル」読まねば。

不動産屋に行って,解約手続きを問合せ。鍵 2ヶ返還。「現状復帰」後,立会い。その場で家賃 (日割) や敷金返金の銀行口座を通知するのが要必須。「銀行口座」? 今ある都銀にしようか,それとも引越し先の地銀にしようか。

「ゆったり進める」とか「進めろ」とか,日毎に言うことが変わっても,対応しきれない。まぁ,「原因」はこちらにあるので,「はい」と言うしかないけれど。

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2006-01-07(土)

晴れ。

昨晩は,いい加減早く寝ようと思って,床に就いたのは 20:00 過ぎだったけれど,眠ったのは日付の変わった後の頃。なのに,今朝,06:30 には覚醒。暫く布団の中にいたけれど,諦めて起床。日中の運動量が足りないせいだろうけれども,寝不足が続くと後に響くので,ちゃんと睡眠取らないとなぁ。実家で眠り過ぎたか? :-P

通院。「居直って,できるだけ前向きにしようと思う」と話したら,居直って」でお医者さんが苦笑していた。う〜ん,「気持ちを切換えて」とかの言い方の方がよかったかな? ことばの使い方は難しい。睡眠導入剤 2種のうち 1種を増量の処方(実は,最近,睡眠導入剤はあまりきちんとは飲んでいないのだけれど)。

買物。通院先と薬局の間にあった本屋が昨年末で閉店。最近,本や CD は,Amazon で買うことが多くなってはいたけれど,結構,利用していた店だったのになぁ。駅の近くでもあったし。やはり,厳しい景況のせいなのだろうか? ほぼ定期的に買っていた雑誌とかが買えなくなったのは困るだろうなぁ。反動で(?),ダイエーの中にある本屋 (未読の山は在るし,片付けもしなきゃないのに :-P) と CD屋へ。2冊購入。

5(+2)枚購入。

ローソンで食べ物・飲み物を購入。

社会保険事務所から届くべき書類が速達で,届いている。社会保険事務所から棲家まで,直線距離で 997m。道なりでも約 1.4km弱。郵便局経由するだけ遠回り :-)。しかし,世間様は 3連休の 1日目。銀行も郵便局も開いてない…。

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2006-01-06(金)

曇り。

昨晩は,03:00 前にやっと眠って,でも,05:30 には覚醒してしまった…。寝直せばいいようなものだけれど,ついメールチェックをしたら (例によってspamの嵐),Microsoft Windows の bug fix が出ていたので 3台程適用 (それでも,あと約 1台残ってる…)。でもって,あまり使ってないデスクトップPC の CD-ROM ドライブが eject しないので,ちょっとバラしてみたけれど,直らず。どうもギアが回ってない感じ。真面目にバラさないと無理かも。というか,素直に ATA なドライブを買い直すべきか。

社会保険事務所から届くべき書類が昨日までに届いていなかった件は,電話して,再送 (速達) して貰い,締切も 3日程延長 (〜2006/01/13)。01/12 になっても届かなければ,また要連絡。

「こまち」はまだ動かないようだ。秋田に帰省中の人達は困っていることだろう。…もしかして,「休み延長」で,呑んでたりして?:-P 「こまち」は,午後から動き出した模様。

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2006-01-05(木)

晴れ@実家。晴れ@棲家。朝,強い風で舞い上がる積もった粉雪が光ってきれい。ダイヤモンドダストの本物は見たことが無いけれども,こういう美しさかもしれないと思う。

帰省先 (実家 (当たり前か)) から帰還。親がクルマで駅まで送ってくれるはずが,渋滞に引っかかって,途中で地下鉄に乗換え。新幹線出発の 10分程前に改札に着く。乗換えて正解。秋田は大雪。で,「こまち」は止まっている模様で,「はやて」に連結無し。はやて84号 (5084B) 2-17-B で仙台→大宮。京浜東北線乗って南浦和で武蔵野線に乗換え。

棲家まで無事着いた社会保険事務所からの書類が届いていない。時間外を承知で電話してみたけれど話中。少ししてから掛け直したら,今度は出ない。明日,連絡するしかないか。

こまちが止まっているせいで,●は,秋田を脱出できていないそうだ。

メインのメールサーバに溜まっていたメールは 277通。内,意味のあるのは 2桁程度で,残りは spam。

てるりんの誘いにより,mixi に登録。「日記」は,ここでも書いているので,あっちでどれだけ書けるかは不明だし,いつまで DSL とかの接続を維持できるかも分からない。だけれども,せっかくだから,使える間は使ってみようと。

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2006-01-04(水)

晴れ@実家。

午後,留守番。

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2006-01-03(火)

曇り一時雪。夜になってまた雪@実家。

プライス。かっぱ寿司。ジャスコ。

「待つ」「待たされる」ことでのイライラ感をコントロールできるようになろう。そして,また,「言いなり」にならないようにしよう。

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2006-01-02(月)

曇り@実家。

初売りに出かける to The Mall。

1冊購入@協裕堂。

ポチ・たまと読む心理学 落ちこみグセをなおす練習帳」読了。物事・人は,「客観的」というか多面的に見よう,「御自分さん」(「シッタカブッダ」) を大切にしよう,ということだね,要は。

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2006-01-01(日)

曇りのち晴れ@実家。

初詣@仙臺総鎮守愛宕神社,曹洞宗虚空蔵山大満寺勢至菩薩様。獅子舞に頭噛んで貰う。

Atago-Jinja shrine 愛宕神社。

Atago-Jinja shrine 大満寺勢至菩薩 (マハーストハーマプラープタ)。

(禁酒中なので) 素面で,酔っ払いの相手をするのは,いい加減無理なことを,改めて認識。

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[2006.01] [おもいつき] [ほーむ]