9月11日のテロ事件、さらにそれに続くアフガン侵攻、炭疽菌によるバイオテロリズムと21世紀初頭の現代は、明らかに世界が変わりつつあることを実感せざるを得ない。それは、政治や犯罪といった問題から、経済の大きな流れの変革を意味し、これまでと同じような取り組みはもはや通用しない時代となっていくことであろう。医療とて、本連載で繰り返し述べてきたことであるが、日本の世界の経済や社会構造の変化の影響を大いに受けることはいうまでもない。
厚生労働省の医療制度改革試案にしても、財務省の論調にしても、さらに規制改革に関わる内閣府の論調にしても、医療はコストであり、抑えるためにはどういう方策があるかを追い求めている。これに対して、私も参加した経済産業省の医療問題研究会においては、医療はコストではなく産業であるという観点に立ったとき、コスト部分以外の分野で、産業を育成すべきだという結論に達した。すなわち、日本の経済を牽引してきた半導体などのエレクトロニクス産業が衰退期を迎えた今、次の日本を牽引する産業の大きな候補は医療(と福祉)分野となる可能性が最も高いと思われるのである。
しかし、例え日本の産業として、医療福祉分野が伸びていくものであるとしても、こと病院という単位では、必ずしも成長産業とはいいがたいであろう。一方、医療関連ビジネスや介護サービスのほうは伸びが期待されることであろう。また、同じ病院という土俵に立っても、今後勝ち組みと負け組みの線引きがより明確になっていくことであろう。
今回は、本連載の総集編として、私どものとってきた戦略の根底に流れるものを示していきたい。
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私が、病院を運営していくにあたっての行動指針を次に示す。
・組織の再構築( Re-structuring )をしたか
・業務の改善( Re-engineering )をしたか
・合理的( Streamline )であるか
・予算・計画に一貫性があるか( Integrated Health Planning )
・効果の監視( Monitoring )と評価( Evaluation )は行われているか
・職員の人事管理がなされているか( Personnel Management )
・ネットワークができ、情報管理がなされているか( Network & Information )
これまでの連載の総括として、この指針に沿って稿を進めていく。
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組織は、われわれの戦略や目的を実行するための手段である。そして、組織にはおのおのその使命(Mission)がある。その使命を明確にして、組織間の役割を明確にしなければ、戦略を実行することは不可能であろう。
具体的には、病院においても、その機能を急性期なのか、亜急性期なのか、慢性期なのか?施設の機能別の役割分担は?さらに、病院の中においても、各病棟の役割・機能は明確に区分されているか?ということになる。また、同じ法人内においても、病院と施設の役割分担が曖昧になっているケースが多いのではないだろうか。
使命に「メリハリ」をもってこそ、組織として包括的な行動をとることができよう。複雑化する医療において、すべてを管理できるスーパーマンをすべての職員に求めることはできない。それは、患者・利用者にとっても、専門分化した組織の中で最良の治療を受けることができるに違いない。
業務改善の種はなくなることはない。そして、そのヒントは医療業界のみならず、異業種の中に多く存在する。モノの管理は流通・製造業に、患者満足の向上はホテルやテーマパークなど他のサービス業に多数存在する。本連載で、当院の事例として示してきたバーコードを利用しての診療材料、薬剤、検査管理やオーダリングシステムの手本は流通・製造業の世界ではすでに標準となりつつあるSCM ( Supply Chain Management )の考え方そのものであった。また、コールセンター設置の考え方は、さまざまな業種におけるカスタマーサービスセンターとそれに付随する顧客獲得プロセスそのものであり、CRM ( Customer Relationship Management )の考え方そのものであった。
業務の改善は、自らの業務の自己評価をして、そのあとに一度業務ゼロから見直すことが重要であると思う。旧来の業務の継承ばかりを考えたとき、その改善に閉塞感が生まれるように思う。そして、そこには絶えず医療の質と現場のやる気を削ぐことなく推し進める信念が必要であると思う。
本連載で、いくつかの失敗事例も紹介した。特に、われわれの改革の始めに行った診療材料管理においては、何回もの方向転換を経験した。省みると、多くの努力をしたにもかかわらず、うまくいかない事例には、その流れに無理があることがわかる。すなわち、うまくいくことは、努力に加えてその仕組みが、論理的であることに気づいた。うまくいかないことには、その論理性に無理があることに気づいた。
業務改善は、まず、やってみることは重要である。やってもみないで、語ることはできない。しかし、職員の努力にもかかわらず、どうしてもうまくいかないことに関して、躊躇することなく撤退する勇気も必要なのである。
読者は、年度計画というものを頭に浮かべるかもしれない。当然である。しかし、年度計画をいつ策定するか?前年度の半期が終わったころから頭を悩ますのではないだろうか。計画の骨としては大いに結構な話である。しかし、年度の終わりごろや年度始めに提案された改善提案について、1年間事業を待てというのか。それはできない。改善は早く行えば、それだけ早く経営に貢献することもありうるのである。同様に、早く行えば、撤退の見切りも可能である。
年度の目標にもとづく、予算・計画は組織としての骨太の方針として、その方針に各現場がどう応えていき、どう落とし込むかを考えていただく。それに対して、機動的予算は別枠で確保しておくべきであろう。
医療の世界にEBM ( Evidence Based Medicine )の考え方が強調されるようになった。また、医療の質の点においては、日本医療機能評価機構による病院評価も存在する。当院においては同機構の評価開始初年度において認定を受け、分院である恵寿鳩ヶ丘病院(長期療養型、143床)においても開院1年3ヶ月の本年に認定を受けることができた。同じく、医療経営の面においても、その評価というものがなされてこそ、よい施策であったか否かを監視していくことができよう。
当院において平成6年に本核的な業務改善の取り組みを企てて以来直近までの施策を表に示す。本連載では評価の一部として診療材料や薬剤管理における第三者の監査法人による導入効果分析の詳細を掲載した。効果のみを再掲すると、診療材料のSPD化では導入後4年4ヶ月で3.71億円、薬剤管理では導入後3年6ヶ月で2.02億円であった。その他に、検査システム導入では導入後4年11ヶ月で3.02億円の、また本連載では触れなかった800KWの常用自家発電とコジェネレーション施設導入の効果は導入後2年の期間で4680万円の導入効果を生んだ。
表:恵寿総合病院を中心としたけいじゅヘルスケアシステムの取り組み 平成 6年12月 診療材料院外SPD化 |
さらに、平成12年度決算では、グローバルスタンダードである時価会計基準を導入し、公認会計士、監査法人による監査を受けることとした。そのなかで、上場企業同様に約10億円の退職給与引当分の特別損失を一括で償却した。キャシュフローには変化はないものの当法人の決算は帳簿上、赤字決算となった。しかしながら、将来の憂いをなくしたという点から、金融機関からは高い評価を得ることができた。
今後共に、現在進行中の各施策が軌道に乗り、通常業務となった時点で順次第三者評価を導入していく必要がある。
組織というものには、責任が要求される。責任と裏腹に組織としての目的を明確にし、提示すること ( Plan )が管理者に求められる。さらに、業務の執行( Do )が適切に行われているか監視し ( See )、補正していくことも求められている。
明らかな指針を職員に提示し、それに対しての職員の計画立案と実行を求め、適切な監視のもとに評価を下していく。これは、単に人事・給与に関係する人事考課という面だけではなく、職員のやる気と共通の目標に向かう組織としての姿勢を明確にし、組織の強さを引き出していくことだろう。そこには、全てに共通するキーワードとして「透明性」がもとめられていくことだろう。すなわち、目標作成の透明性、意思決定の透明性、評価と監視の透明性などがあげられよう。
ITの時代において、情報の取得は以前にも増して容易なこととなった。しかし、その管理、分析面においては、多くの知恵が必要であり、かつコンピュータがあればよいというものではない。ITは、あくまでも道具であるということを忘れてはならない。それをどう使うかは、われわれの知恵しだいということである。
当院では、すでに紹介したように、モノの管理としてITを利用した材料管理、薬剤管理、検査管理から入る戦略をとり、その後それらを統合するという目的でオーダリングシステムを導入した。次に、ITはサービス面へと進化し、コールセンターシステムへと発展した。モノから入ったITであるがゆえに、比較的容易に、本年度から患者別の原価管理システムを立ち上げることができた。
また、今年度中にも、電子カルテシステムが立ち上がる。モノの管理を中心にしてきたオーダリングシステムからサービスの質の管理に突入するターニングポイントとなっていくことであろう。
さらに、ITはネットワークができてこそその真価を発揮できる。われわれは、関連法人を含む全ての施設をオンライン化してきたが、今後地域におけるネットワーク作りの時代に突入しつつあるように思われる。
コンパスの針が指す方向は本当の北ではない。それはコンパスの差す「北磁極」が「北極点」の位置にはないからである。そのため地図とコンパスで正しい方角に進むには、若干の軌道修正が必要になってくる。進むべき正しい方向を見つけるには、本当の北 True North を知らなければならないのだ。
情報過多の現代、医療制度についても様々な情報が交錯する。私たちは、True Northを知る必要がある。それは、マスコミが言う、あるいは行政や研究者や無責任なコンサルタント氏が言う医療サービスではない。利用者が真に必要とするサービスなのである。自分達の進むべき道は自分達が考えて、知ることが重要なのである。
変革は終わることはない。その歩みを止めたときが、当院の衰退の始まりであると思う。業務改善事例としての本連載は、今回で終了することになったが、いつか続編を自信を持って紹介できる日がくることを心に誓いたい。
最後に、本連載の総括として、今までの連載のIndexを付記して稿を終える。
@臨床検査オンラインシステム‐その1− 本誌219号、2000年10月25日
A臨床検査オンラインシステム‐その2− 本誌221号、2000年11月5日
B診療材料SPDの導入による経営改善‐その1− 本誌227号、2001年2月20日
C診療材料SPDの導入による経営改善‐その2− 本誌232号、2001年5月5日
D薬剤管理システムの導入による経営改善‐その1− 本誌234号、2001年6月5日
E薬剤管理システムの導入による経営改善‐その2− 本誌236号、2001年7月5日
Fオーダリングシステム導入効果と業務改善 本誌238号、2001年8月5日・20日合併号
G特別医療法人への道 本誌239号、2001年9月5日
H恵寿総合病院のコールセンター事業の立ち上げ 本誌241号、2001年10月5日
I恵寿総合病院における広報戦略 本誌243号、2001年11月5日